「ねぇねぇ、ちょっとあれ見てよ!」
「あ! 碇先輩じゃない!」
「違う違う、それだけじゃないって、もっとよく見なさいよ」
「(ぽとっ)あ..だ、誰よ? あの女(怒)」
「..う〜ん..噂だけどね、碇先輩の婚約者なんだって」
「婚約者ぁ!?」
「そう、あ、霧島先輩が突っかかって行ってるわね、きゃはははは」
「碇先輩が婚約してたなんてぇ〜いやぁ〜!!」
「あんっ..痛いってばぁ、もっとやさしくしてよぉ」
「あ..ごめん...ん、と..これでいい?」
「んっ...あ..うんっ....ふはっ」
「どうなの? アスカ?」
「ん、もう...気持ちいいに決まってるでしょ? 声聞いてわかんないの? バカシンジ」
上から顔を覗き込むシンジに向かってアタシはそう言った。
そして指を伸ばすと、ちょんっとおでこを突く。
やだ、そんな顔しないでよ、恥ずかしいから。
「んじゃ、今度はアタシの番ね?」
小首を傾げてみせる。
シンジは怪訝な顔。
あぁ〜警戒してるわね?
「いやだって言っても許してあげないんだから」
そう言ってアタシはシンジの上にのしかかる。
「んしょっ...んっ..この辺かしら? こう?」
「ん〜もうちょっと下」
シンジの言うままに、下の方へと指先を移動する。
「どう?」
「..うん..いいよ...気持ちいい..どこで覚えたの? こんなこと」
こら、そんなこと聞くんじゃない。
「どこでもいいじゃない、とにかくシンジにしかやってあげないことなんだから。
まして今日はアタシのために頑張ってくれたんだから、これくらいはやってあげないとね」
そう、シンジ以外の男の人にこんなことなんて絶対やってあげない。
これを味わえるのはあんただけなのよ? わかってる? バカシンジ。
「ありがと、アスカ」
「どういたしまして」
やだ、ほっぺたがゆるんでくるのがわかる...
いいか、今は何を言われたってがまんできる。
「はい、おしまい!」
全てが終わったあと、ぱんっと音を立ててシンジの背中を叩く。
アタシを裏切ったら、紅葉いっぱい作ってやるんだから。
それとも猫の様にひっ掻いてやろうかな?
「ふぅ、気持ちよかったよ..アスカ、またやってもらえる?」
「当然でしょ? 愛する人のためならいつだってマッサージぐらいやってあげるわよ。
だからシンジもたまには肩もんでくれる? 今日みたいにさ」
「いいよ」
その笑顔は反則だってばぁ。
んもう、赤くなっちゃうじゃないの。
あ、そうだ! へへへ...
「それじゃ、今日のマッサージ代ちょうだいね?」
「へ? んぐっ!?」
たまにはシンジからして欲しいんだけどね。
突然のキスに目を白黒させているシンジを見ながらアタシはそう思った。
首に腕をまわそうとする...と後頭部に衝撃が走る。
「うん、もうなによ? レイってば!」
「そういうのはねぇ〜隠れてやってくんない? リビングでいちゃつかれるとこっちが恥ずかしいんだけど?」
こめかみに青筋立てて言わなくてもいいじゃないのよ。
レイの手にはいつの間に作ったのか、ハリセンとか言ったっけ、漫才師が使うヤツ..
が握られている。
「...レイもしたいの?」
我ながら意地悪な質問だと思う。
「....していいの?」
にっこりと..そう、にっこりとユイおばさまそっくりの笑顔でレイが笑う。
この顔のときのレイには気をつけろってシンジが言ってたっけ。
「...ダメ...」
「ちっ」
やっぱりね。
振り返ると、シンジが自分の部屋へ逃げ込もうとしていた。
手近にあったクッションを投げつける。
「んっ!?」
命中ぅ〜
と、思った瞬間よけられた。
あ〜なによぉ、その得意そうな顔はぁ。
いいか、なら...起き上がってダッシュ!
「ちょっ..アスカぁ! 危ないって!」
よし、アタシはちゃんと受け止めてくれたわね?
えらいえらい。
それじゃ、ごほうび...
「..どうやらもう一発欲しいみたいね?」
殺気とともに衝撃が来た...痛いってば。
「ひぃ〜ん、いいかげんに許してよぉ〜レイってばぁ〜」
さっきからアスカが私に懇願してくる。
でもいやだ、昨日あれだけお兄ちゃんに甘えててあまつさえ今朝の出来事。
朝から私は御機嫌斜め。
「抜け駆けしたのは謝るってばぁ〜」
押していた自転車を止めて、くるりと振り返る。
「アスカ?」
「はい?」
「あのね、お兄ちゃんに甘えたいのはわかるわ、9年間も離れてたしね。
でもね、私を出し抜いてまで朝食とお弁当作らなくてもいいじゃない。
私だってお兄ちゃんのために何かしてあげたいんだから」
「ごめん...でも、アタシだってシンジに手料理食べてもらいたいだもん」
なんかしおらしいアスカってらしくないわね。
つんっとおでこを突く。
「?」
「んじゃ、当番制にする?」
怪訝な顔をしたままのアスカにそのまま言葉を続ける。
「んとね、1ヶ月分の食事当番を決めておいて、その日はその当番が作るの。 どう?」
「..いいの?」
そんなに恐縮しなくたっていいわよ。
私だって鬼小姑じゃないんだから。
「しょうがないでしょ? どっちみちお兄ちゃんはアスカに奪われちゃうんだし。
働かざるもの食うべからずって言葉もあるしね〜」
「ごめんね、レイ」
しおらしいアスカを見てると、なんだか私の中の小悪魔が騒ぎ出す。
ふふふっ。
「んでもね、お兄ちゃんに抱きついて寝てたのは許せないなぁ〜」
『ぽんっ』という擬音がぴったりはまるほどの勢いでアスカの顔が染まる。
けけけっ、作戦成功。
「あああああれは、起こそうとしてシンジの顔を見てたらいつのまにかつい...時差ボケ抜けきってないし..」
消え入りそうな声。
あれだけ人前でいちゃついておいて、その反応は変だよ〜
「おはよっ! あれ?なんでアスカったら顔が赤いの?」
「おはよ、ヒカリ。 うんっとねぇ...」
「だだだだだめぇ〜っ! 今朝の出来事は可及的速やかに忘れなさいぃぃぃぃ〜!!」
しぃ〜らないっ。
数秒後。
「ふっ不潔よおっ!!」
お約束ねっ。
私の期待を裏切らない親友の言葉が朝の通学路に響き渡った。
またか...
どうして毎日毎日こうなんだ?
「よう、シンジ。 今日も大漁みたいだな?」
横を見ると、ケンスケがいた。
僕と同じ様に下駄箱から上履きを出している。
「ん? あ、おはよう、ケンスケ。 大漁ってねぇ..僕は漁師かい?」
手元のいわゆるラブレターというヤツを振りながら挨拶といやみを返す。
お互いにこれぐらいでは怒ることもない。
親友ゆえの気楽な会話といったところ。
「ま、学園の女子を釣り上げる漁師という点ではそう言えるかもな。 それともラブハンターの方がいいか?」
あのねぇ、いいかげんにしてくれよ。
「悪い悪い、ちょっと言い過ぎた」
僕の視線に気づいたのだろう、謝ってきた。
だけど、その目はまだ笑ったままだ。
まだなんか言う気だな?
「それに、可愛い婚約者もいることだしな?」
ほらね...
でも、確かにアスカは可愛い。
あんな女の子が僕の婚約者だなんて正直言って実感はない。
9年ぶりに逢った幼なじみ、そして特別な存在だということだけ。
いや、とりあえずは恋人と言ってもいいのかな?
ちょっと恥ずかしいけど。
「ったく...行くよ、HR始まっちゃうから」
これは照れ隠しと言うやつかもしれないな。
その時、どたどたと盛大な足音が聞こえてきた。
「ちょっと待たんかぁい!」
トウジだ。
僕たち二人は感心した目で彼を見る。
「よっ、トウジ。 今日は遅刻せずに済んだみたいだな?」
「おはよう、トウジ。 ナツミちゃんに怒られた?」
僕たちの問いかけに、トウジは口をへの字に結んだまま、黙って頭の一点を指し示す。
なるほど。
「ナツミのヤツ、恥をかくのウチやねんでゆーて、フライパンで頭殴って起こしよった」
やれやれ、しっかりした妹を持つと、お互い苦労するね。
いや、苦労しているのは妹たちの方か。
「なんや? センセ?」
「いや、僕たち兄妹と同じことしてるなぁと思ってさ」
二人で苦笑しあう。
直後、高笑い。
下足室には不釣り合いな笑い声が響く。
「それより、遅れるぞ?」
ケンスケの声が僕たちを現実に引き戻した。
やばい! 3人揃って一目散にダッシュして教室へと向かう。
「ねぇ? なんか今日のマナって殺気だってない?」
「そうね、碇くんの机見ながらカリカリしてるもんね」
「なにかあったのかしら?」
「碇くんのことでマナが苛立つのはいつものことだけどねぇ」
「「「うーん」」」
聞こえてるわよ、あなたたち。
だけど、苛立っているのは間違いない。
それもそのはず、昨日あれだけ見せつけられちゃ、私だって心中穏やかじゃない。
赤毛猿が勝手にまとわりつくならまだしも、バカシンジがそれを嫌がってない。
なんで? どうして? あの朴念仁はレイ以外の女の子に抱きつかれると固まるんじゃなかったの?
「おっはよー!」
まとまらない思考を繰り返していると、その原因が教室へ入ってきた...2バカもいっしょ。
そう、3バカトリオの名づけ親はこの私、霧島マナ。
「おはよう、霧島さん」
そんな私の心の中なんか気づくわけもないこの鈍感野郎は自分の席に着く。
私の左斜め前、それがシンジの席。
「...おはよ」
右こぶしでほお杖をついたまま挨拶を返す。
すると、シンジはくるりと振り返る。
「昨日はごめんね? レイとアスカが迷惑かけちゃって」
一番の迷惑は私の気持ちに気づかないあなたよ!
と、叫んでしまえたらどんなに楽だろう。
だけど、こいつの笑顔って憎めない。
「いいわよ、別に。 赤毛猿の攻撃には正直まいったけど」
それでもいやみは返しておく。
あ〜時々この性格がいやになる、なぜ正直に言えないんだろう。
あなたが好きです、と。
「ごめん」
苦笑しながらシンジがあやまる。
別にあなたのせいじゃない。
それは私もわかってる。
チャイムが鳴った、さぁ、退屈な一日のはじまりね。
「さぁて、メシやメシ!」
相変わらずだな、トウジのヤツ。
本当にこれだけのために学校に来ている気がする。
以前聞いたら、『ワイの楽しみは昼飯と体育だけや』とか言ってたっけ。
さて、今日は僕もいっしょに教室を出なくちゃ。
「あ、トウジ。 僕も行くよ」
「なんや? 珍しいこともあるもんやな?」
「ほんとだな」
今日はね、ちょっと頼まれごとがあるんだ。
それを実行しないと、僕も昼食にありつけない。
「いいから、出ようよ」
「なんや? けったいなやっちゃなぁ?」
二人の背中を押しながら外へと出る。
ん? なにか得体の知れない殺気を感じた様な...気のせいか?
「今日はさ、外で食べないか? 二人とも」
「外やて?」
「中庭か?」
僕の問いかけに二人ともそれぞれの反応を返す。
さすがにケンスケは読みが早いね。
まさか、あのことまで感づいてるんじゃないだろうな?
「そう、レイが中庭に弁当持ってくるから来いってさ」
「なんや? まぁた弁当持ってくんの忘れたんかいな?」
「そういうことか」
やっぱり気づいてそうだな、ケンスケは。
「ま、いいよ、つきあいましょう。 トウジ、いいよな?」
「ワシはメシさえ食えたらどこでもかめへん」
「じゃ、決まりだね。 とりあえず飲み物とパン買いに行こう?」
相も変わらず購買部は戦争。
ケンスケと僕はトウジにお金を渡すと、突撃して行く彼を見送った。
「うおりゃあああ!! どけどけどかんかぁい!!
おばちゃーん! 焼きそばパンとコロッケパンとメロンパンとアンパン、ジャムパンや!!
あと、牛乳3本!!」
さすが、押し寄せる獣たちを撃退しながらの注文テクニックはトウジの独壇場だ。
あ、また殴られた人がいる。
「お兄ちゃんたち、いるかなぁ?」
「でも、ちゃんと言ったんでしょ?」
ヒカリを背後に従え、私たち未来の姉妹はこそこそと話を続ける。
「うん、でもさーお兄ちゃんって、ほら、そそっかしいから」
「うーん...でも、今回はお昼がかかってるから、大丈夫じゃない?」
アスカがお弁当を軽く振る。
そうね、いかにお兄ちゃんでも昼食を盾に取られちゃね。
親友の未来もかかってるんだから、頼むわよ? お兄ちゃん。
「ねぇ? さっきから何を二人でこそこそ話してるの?」
それはね、後のお楽しみ。
絶対ヒカリは心臓ばくばくものなんだから。
「そのうちわかるわよ、ヒ・カ・リ」
アスカ?
あんまり意味深なものの言い方するとヒカリが感づくわよ?
さて、そろそろ中庭ね。
あ、いたいた。
「お「シンジぃー!!」兄ちゃん...」
この娘は...
先に口を開いた私の上から被さる様に大きな声出して...
おまけにもうお兄ちゃんにまとわりついてるし、素早い。
「なるほど、やっぱりこういうことね」
この声は...
「マナさん?」
「..なによ? レイ?」
この人もこりないわねぇ。
「わざわざ当てられに来る必要もないんじゃない?」
「そんなこと言ったらあなたも同じでしょ?」
今回は別の目的があるんだけどねぇ。
と、その目的を振り返ってみる。
...やっぱり、赤くなってうつむいてる。
「マナさん、ちょっとごめんね。 ほら、ヒカリ! 行くわよ!」
「あぅあぅあぅあぅ...」
強引に手を引っ張って行く。
あら? 結局マナさんいっしょに来るのね?
ちゃんとお弁当持ってきて、用意のいいことぉ。
「もうええか? ワイもうがまんできへんねや?」
「あ、ごめん..待たせちゃったね。 みんなも食べようか?」
腹が減ってしょうがないといったトウジの顔。
あと10分もおあずけをさせておけば暴れ出すかもしれないな。
くくくっ..なんだかおかしくなってきた。
「なんや? けったくそ悪いやっちゃなぁ。 人の顔見てにやにやしよって」
「いや、ほんとに食べたくてしかたないんだなぁって思ってさ」
「そうなんやさかい、しょうがないやんけ。 ほら、食うで」
ガサガサと音を立ててパンの包みを開く。
そして一息にかぶりつく。
おーおー幸せそうな顔してぇ。
ん? 首になんか捲きついてきた。
「ほら、シンジの分よっ!」
僕の目の前に赤い包みに入った弁当箱がぶら下げられる。
これを持っているのは右手。
ということは、僕の首に捲かれているのは彼女の左腕か。
「ん、ありがと、アスカ」
「残さず食べてよねっ!」
捲きつけた腕をほどくと、アスカは僕の右隣に座る。
そして僕の顔を覗き込む。
「残そうとしたらむりやり押し込んじゃうからね、シ・ン・ジ」
「大丈夫だよ、ちゃんと食べるから」
ぽんっと軽く彼女の頭を叩く。
子供の頃によくやっていた安心しろという合図。
彼女もまだ覚えているんだろうか。
この顔を見ていると、なんだかそれを確信できる気がする。
「ん? なに?」
みんなの視線が集まっている。
「お前なぁ...オレたちに見せつけるためにここに呼んだんじゃないのか?」
「いや、それは...」
違う。
だけどその理由を言うわけにはいかない。
それを言おうものならツープラトンの攻撃が待っている。
その証拠に正面のレイは母さんそっくりに微笑んでるし、アスカは僕の背中に指を立ててる。
...つねるつもりだろう。
「んぐっ!」
その時、トウジが胸を叩きはじめた。
あれだけがっついていれば無理もない。
「ヒカリ...ほら」
レイがにったぁ〜と笑ってヒカリちゃんにジュースを渡す。
予想外だが、これで目的は進行して行く。
「早くしないと白目剥いてるわよ?」
アスカも掩護射撃。
そう言いながらも、僕の弁当箱の包みを解きにかかっている。
そこまでやらせる気はないから、手を伸ばしてそれを取る。
だけど彼女は不満気に唇を尖らせて僕を見上げる。
だから微笑み返してまた軽く頭をぽんっとしてあげた。
すると、やれやれといった顔をして、自分の分の包みを解きにかかった。
それでいい、なにもかも世話を焼いてくれる必要はないんだよ、アスカ。
「美味しい?」
隣でぱくぱくと食べている愛しい人に向かって問いかける。
返事はもらえない、代わりに天使の微笑みが返って来た。
アタシの大好きな笑顔。
この顔を見ることができるのなら、どんな早起きだってしてみせる。
「お兄ちゃんったら、言葉にできないほど美味しいとでもいうつもり?」
にやにやと笑いながらレイが言う。
ほんとにそうならうれしいな。
シンジの顔を覗き込む...と、また頭をぽんっとされた。
ちっちゃい頃に、シンジは私を安心させるためにいつもこうしてくれた、覚えててくれたんだ。
「まったく、たまりませんなぁ」
相田さんが苦笑している。
ごめんね、見せつけちゃって。
でももいつかは春が来ると思うから、それまで黙ってて。
その時になればアタシたちの気持ちは判るはずだから。
「んで? 今日はアスカの愛妻弁当ってわけ?」
マナの毒気を含んだ一言。
そうよ、悔しかったら作ってみなさい。
だけど、シンジには食べさせてあげない。
他の男にならいくらでも食べさせていいけどね。
「ほうか? センセもしあわせもんやのう?」
よく言った! 鈴原ぁ!
後はレイ、まかせた!
アスカがアイコンタクトを取ってくる。
おっけー..いくわよ?
「だったら鈴原さん? ヒカリに作ってもらったら?」
ひょこっと隣を見る。
真っ赤になって口元を歪ませたヒカリがいる。
このままだと『ぷしゅー』って言いそうね。
「ほえ?」
なによ、鈴原さんってばその返事は?
「いやね、ヒカリの家って3人分のお弁当を作るんだけど、材料が中途半端なんだって。
それが、4人分だと余りも出なくてちょうどいいんだってさ」
しまった、うちも3人分だった。
気づかれないかな?
「いや、そないなことで迷惑かけるわけには...」
このボケっ!
あんたの意見なんかどうでもいいのよっ!
「...らせて..」
にやり。
「はっきり言わないと聞こえないわよ? ヒカリ」
「........私にお弁当作らせてくれませんか?...」
よしよし。
ヒカリにしては上出来よ。
後は仕上げをするのみ。
お兄ちゃん、出番よぉ〜
やれやれ、ほんとにやるとはね。
しょうがない。
「トウジ?」
「なんや?」
「こう言ってくれてるんだからさ、作ってもらったら? お弁当」
まだ難しい顔をしてるな。
「せやけどな、センセ、 どうもこう..こそばゆいっちゅうかなんちゅうか...」
まったく、硬派なんだか片意地はってるんだか。
ヒカリちゃんを見てみろよ、恥ずかしさと期待の入り交じった不安気な顔。
これでも放っておく気かい?
「よっしゃ! ほなこうしよう、弁当は作ってもらう!」
この時のヒカリちゃんの顔は見物だったな。
一気に晴れやかな顔になった。
「せやけどな、ただっちゅうわけにはいかん。 ワイかてプライドゆーもんがある。
そやさかい食費は払う、それでどないや?」
トウジらしいな。
どうなんだろう? レイとアスカの顔色をうかがってみる。
『こんなもんでしょ』って顔だな、じゃあ決定。
「ヒカリちゃんはどうかな? それでいい?」
黙ってうなずいた。
彼女らしい返事だな。
ケンスケ、にやにや笑うなよ。
「よし、それで決まり。 んじゃあ、明日からお昼はここで食べるってことでいい?」
全員一致で可決っと。
...なんで霧島さんまで参加するの?
部屋で寝転んでいると、アスカが入ってきた。
「シンジっ! ちょっといい?」
いいも何も、君はもう入ってきてるでしょ?
顔だけを彼女に向ける。
「なに?」
あれ?
なんで着替えてるの?
「うん...あのさ、ちょっと外に連れて行ってくれない?」
「外って、もう日が暮れちゃったよ?」
だって僕たちは夕食を食べたばかりだ、レイも今お風呂に入っているはず。
「んもう、お日さまなんてどうだっていいのよっ!」
びしっと僕に指を突きつける。
「とにかくアタシをどこかに連れて行くこと! これは命令!」
うー
「イヤだって言うんなら、明日からお弁当作ってあげない!」
う...それは困る。
しょうがない。
「はいはい、じゃあヘルメット持っておいで」
「うんっ!」
弾む様に彼女は僕の部屋から出て行った。
机の上からキーを取り上げて、椅子の上からヘルメットを手に取る。
グローブはヘルメットのシールドにはさんであるからそのままでいい。
ふと、あることに気づいて動きを止める。
「待てよ...別にアスカが作ってくれなくても、レイが作ってくれるじゃないか....しくじった..」
「うっわー! きれい!」
シンジが連れてきてくれたのは市街から少し離れた高台にある公園。
ここからなら市街が一望のもとに見渡せる。
昼間ならなんてことはない風景だろう。
でも、今は夜。
眼下には宝石をばらまいた様な夜景が広がっている。
その中を縫う様に、暖色系の川が流れる...ルビー、オレンジ、カーマイン..
こんなとこを知ってるなんて、誰と来たことがあるの?
その疑問を口にしてみる、他の女とだったら許さないんだから。
「..一人でだよ」
アタシを安心させるためか、また頭をぽんっとされた。
シンジの声にも嘘はない、心の中でほっとする。
そして、アタシを連れてきてくれたことに感謝。
「ありがと、シンジ」
「どういたしまして」
天使の微笑み。
日本に来てからどれだけ見ただろう。
だけど、全然見飽きない。
この笑顔を見るためだったらなんだってできる、そんな気がする。
「ねぇ? お願いがあるの?」
一つの願いは叶えてもらえた。
もう一つの願い。
「お願い? アスカはお願いが多いね?」
シンジはくすくすと笑っている。
アタシは不機嫌な表情になってるんだろう。
シンジが困った様な顔になった。
「それで、お願いって?」
「うん..あのね...」
果たしてシンジは叶えてくれるだろうか?
だけどこのままではいつまで経っても叶わないかもしれない。
アタシの愛する人は鈍感だから。
「..キスして欲しいの、シンジから...」
言っちゃった。
顔に血が昇って行くのがわかる。
だけど、お願い...どうか叶えて..
アスカが真っ赤な顔をして、それでも切なそうに僕を見る。
その蒼い瞳は真剣そのもの、なぜ? キスならいつも自分からしてくるくせに...
彼女の表情に不安が増して行く、そんな顔は見たくない。
なら、僕にできることは...
シンジがアタシの正面に向き直った、そしてそっと肩に手を置いてくる。
そっと目を閉じる、身体が震えてきた...止まらない..こわばって行くのがわかる。
ごめん...勘違いさせちゃうかも。
「んっ..」
唇に温かい感触が触れてくる。
途端に身体から力が抜ける。
うれしい...やっと恋人としてのキスをしてもらえた。
あ、あれ? まぶたが熱い..
「涙..? どうして?...イヤだったの?」
違う! 違う!! 違う!!!
言葉が出ない、ただひたすら首を振る。
「....身体もこわばってたし」
やっぱり気づいてた。
だけどまだ言葉が出ない、だから今できる最高の笑顔をシンジに向ける。
目線が合う、その漆黒の瞳を見た瞬間、呪縛が解けた。
「..ったから...うれしかったから..やっとシンジが恋人として認めてくれた気がして..」
涙が勢いを増した。
もう止められない...いや、止めてくれる人は目の前にいる。
すっと背中に手がまわされた、そして髪の中に指先が滑り込んでくる。
でもごめんね、この涙はそうされるとなおさら止まらないかも。
「だからごめんってばぁ〜許してよぉ〜」
「...ヤだ!」
これはこれで平和な日常と言えるのかな?
後悔という名の後書き、もしくは後あがき。(爆)
いかがです?
冒頭をちょっと煩悩系にしたので、いつ宗旨かえしたのかと思った方も多いと思います。(^^;
まぁ、たまにはこういうのも書かないとね。(爆)
それと、久しぶりに語り手をそれぞれのキャラクターにしてみました。
個人的には神の視点からの方が進めやすいのですが、時にはこんなのもいいと思います。
次はちと、波乱含みの展開の予定です、覚悟して下さい。(^^;
〜 サブタイトルはMisiaの同名の曲 ”キスして抱きしめて”より 〜
1998.12.18 おかやん