なんだかぶっそうな物言いだが、なんのことはない。
予想以上の釣果だったために、シンジが当初の予定だけではなく別のニジマス料理をやるべく悩んでいるだけだ。
ヒカリはもうひとつのメインディッシュであるパエリアを作りはじめている。
ヒカリはタマネギやキノコをニンニクとともにオリーブオイルで炒めながらシンジに聞く。
「碇くん、鶏肉は最後に混ぜた方がいいのかな?」
「あ、うん、綾波がいるからそうしてくれる?」
「じゃ、こげ目付けてから、白ワインで蒸し焼きにしておけばいいのね?」
「うん、おねがい」
ヒカリはパエリアパンに米を入れ、再度炒めはじめた。
米が透き通ってくると、水で戻しておいたサフランと水を加え、コンソメ・塩・コショウで味を付ける。
そして別のフライパンで鶏肉を焼きはじめる。
「さぁって、と」
シンジもどうやら方向性を決めた様だ。
まずはニジマスの下ごしらえ、ぬめりを落とし、エラと内臓を取り出し、しっかりと水洗いする。
一つめはフィッシュ&チップス。ニジマスの腹にたっぷりとタイムをふりかけ、熱したオリーブオイルでじっくりと素揚げする。付け合わせのジャガイモも皮つきのままくし形に切って揚げる。揚がったらビネガーと塩を振りかける。
二つめはホイル焼き。ニジマスの腹の中にセリ・ミツバ・クレソンを詰め、バターとスライスしたタマネギを乗せてホイルで包み、先程起こしておいた火の中に入れておく。
三つめはクルミ揚げ。三枚におろしたニジマスに卵と小麦粉で衣をつけ、スライスしたクルミをまぶし、キツネ色になるまで揚げる。
それでも何匹かは余ってしまった、シンジはしばらく考え込んでいたが、ごそごそとなにかを作り出す。
「碇くん、炊き上がったわよ!」
「ん?どれどれ?さすがだね、洞木さん」
そこには鮮やかな黄色のご飯の上に、ピーマンや赤ピーマンなどでアクセントを加えられたパエリアがあった。
シンジの料理も出来上がっている。
「じゃあ、運ぼうか?」
「ちょっと待って、応援呼ぶから。アスカぁ!できたわよ!!」
今まで、おっさんミサトにシンジとのことをからかわれていたアスカだが、ヒカリの声が聞こえてくると、渡りに舟とばかりにキッチンへ逃げて行く。
「はぁーい!今いくぅ!ほら、ファーストも!」
「・・・うん」
「じゃあ、私たちは食器運びましょうか?先輩」
「そうね、そうしてくれる?マヤ」
ジロッ
「わかってるよ、酒だろ?葛城?」
「よろしい」
「後が怖いから・・・な?日向くん?」
「ふふっ、そうですね」
「二人とも・・・潰す」
不用意な発言には気をつけよう。
「いただきまーす」×12
「あれ?珍しいわね?パエリアって普通魚介類じゃないの?」
「リツコさん、そうとも限らないんですよ。それに山の中に来てまでシーフードパエリアってのも変でしょう?」
「それもそうね。どれ・・・うん、おいしいわ」
「それは洞木さんの作です、僕は魚関係ですね」
「ふーん、フィッシュ&チップスとは懐かしいわねぇ。うん、いい塩加減」
「アスカの釣った分には赤い印が付いてるからね」
「え?そうなの?シンジ?」
「だって、初めての釣果だもの、やっぱ食べたいでしょ?」
「それもそうね」
「あぁ〜らシンちゃん、やるわねぇ〜?」
「「ミ、ミサト(さん)!?」」
おっさんミサトの乱入に見事にユニゾンする二人。
数時間前にやったばかりだ、その効果は絶大なものがある。
「ところでシンちゃん、骨酒は?」
「ミサトさぁん、あれは岩魚かヤマメでしょう?湖にはいませんよ。遡上する時間もなかったし」
「なんだ、つまぁんないのぉ」
そう言って、ミサトはビールをあおる。
「ねぇ、シンジ?」
「なに?アスカ?」
「『骨酒』って?」
「あぁ、素焼きにした岩魚とかヤマメっていう魚に温めた日本酒を注いで作るの」
「ふぅん、おいしいのかしら?」
「アスカぁ、僕らは未成年だよ」
「関係ないじゃない。昨日だって・・・」
そこまで言って、昨夜酔いつぶれた自分をベッドへ運んでくれたのがシンジであることにアスカは思い当たる。
「・・・ありがと、シンジ・・・」
「へ?」
「・・・いいの」
「???」
いい雰囲気なのだが、シンジはわけがわかっていない。
二組のペアだけはそんな二人を見て微笑んでいた。
「さぁ、はよ食わんと全部ワイが食うてまうでぇ!センセ!」
「うわぁ、それは困るぅ!ちょっと待ってトウジ!」
「いやや、待てへん」
「すーずーはーらー」
「かかか、かんにんや、いいんちょ」
周囲が笑いに包まれる。結局、トウジはいいムードメーカーなのだ。
しかも自らそれを買ってでてくれる。
シンジはいい友人たちに囲まれていることに感謝していた。
昨晩が予想通りとはいえ、ひどい惨状であったため、今日は皆それなりに押さえていた様だ。
撃沈された屍が青葉だけであることがそれを指し示している。
もっとも、それは青葉のギターを封じ込めるためのリツコの作戦だったのだが。
あれ?シンジがいない?
どこに行ったのかしら?
ヒカリが持ってきたクッキーを食べながら、加持と話をしていたアスカだったが、いつのまにかシンジがいなくなったことに気づいた。
きょろきょろと周囲を見回すアスカが誰を探しているかなど加持にはお見通しだ。
「そういえば、シンジくんがいないな?」
「え、そういえばそうね。どこ行ったのかしら?バカシンジ」
「昨日と同じ場所に行ったかな?」
「え?加持さん・・・それ?」
「ゆうべは一人で湖畔に出ていたからな」
シンジ・・・また水に落ちたらどうするのよ!
もうあんな思いはごめんだわ!
そう思ったアスカは立ち上がり外へ出て行くが、ドアを開けてデッキに出たところでヒカリとトウジから呼び止められる。
「アスカ!」
「え・・・?あ、ヒカリ・・・と・・鈴原ぁ!?」
いきなり意表を突かれたアスカはすっとんきょうな声を出してしまった。
「なんや?ワイらがいっしょにいたらあかんのかいな?」
「え、いや・・・」
「アスカ、碇くんなら湖に歩いて行ったわ」
「・・・やっぱり・・・それより、あんたたち?」
今まで、アスカはこの二人をくっつけるべく、様々な工作を行ってきた。
だが、二人とも恥ずかしがり屋であったことも災いし、なかなかうまくいかなかったのだ。
それがまさか自分の大泣きによっていきなり進展したとは思いもよらなかった。
この辺は、親友たるヒカリがおいおいアスカに説明するだろう。
「ま、そういうこっちゃ」
「そうなの。だから、アスカもしっかりね」
「二人とも・・・」
「さぁ、早く行ってらっしゃい」
「さぁ、はよ行かんと」
「・・・ありがとう・・・おめでとう、二人とも」
アスカは微笑むと、そう言って小走りに走り出した。
「・・・これで・・・いいのよね?」
「おう、これでええんや。後はあの二人を信じてやるこっちゃ」
「・・・そうね」
ヒカリはトウジに寄り添う様に近づいて、そう言った。
トウジは耳を真っ赤にしながらもヒカリの肩を抱く。
この二人にも神のご加護があらんことを。
でも、びっくりしたわね、まさかヒカリと鈴原がこのキャンプの間にくっつくなんて。
アタシは・・・シンジと・・・ううん、大丈夫。
シンジを探して湖へと歩いて行く間、アスカの心の中には様々なことが去来する。
シンジとはじめて会った時、そして『さえないヤツ』と思ったその第一印象。
いきなりの戦闘、ユニゾン、マグマの中で初号機に重なって見えた優しげな顔、精神崩壊から現実に戻った時、優しく迎えてくれた顔。
自分がいかに碇シンジという少年に惹かれているのか、あらためて思い知らされた。
そう・・・そうよね・・・アタシはシンジが好き。
正直に言えばいい、この気持ちは誰にも負けない!
シンジは昨夜と同じ様に湖畔に来ていた。
昨夜と違うのはガタパウトチェアではなく、コットを持ってきていることだ。
これは椅子に座って空を見上げるよりは、寝転がった方がはるかに楽、という理由による。
そのコットに横になりながら、丸めたブランケットを枕代わりにしてシンジは星空を見つめていた。
「・・・今日は・・・いろんなことがあったなぁ・・・」
シンジの脳裏に今日の出来事が浮かび上がる。
溺れかけたこと、その直後のアスカの表情、すがりつく様な目でフライを教えてくれと言ってきたアスカ、初めて釣った魚を目の前にした時のうれしそうな顔。
僕は・・・アスカの思いに・・・応えることができるんだろうか・・・
「シ・・・ンジ?」
そんなシンジの思考をアスカの声が現実に引き戻す。
シンジにとって、アスカの声を聞き分けることなどたやすいことだし、アスカにとってもそれは同じこと。
シンジは起き上がって、声のした方向に振り返る。
「こっちだよ、アスカ。なに?」
いた・・・シンジ・・・
「あ、そこにいたのね?なにしてたの?」
「いや、星が奇麗だからね、それで見てただけ。第3新東京市じゃ、こんな星空は見えないからね」
「・・・そう」
「あ、座って。なにか飲む?」
「うん、なにがあるの?」
「コーヒーか紅茶」
「たまにはコーヒーにするわ」
「わかった、ちょっと待っててね」
シンジはアスカをコットに座らせた後、バスケットからシングルバーナーを取り出し、組み立てる。
そしてパーコレーターに水を入れ、火にかける。
その間に荒挽きのコーヒー豆をセットし、パーコレーターの中に入れて蓋をする。
「寒くない?」
「ううん・・・平気」
「そのブランケットはいつでも使ってかまわないからね」
「うん・・・」
他愛もない会話。
だが、それでもお互いに想い人がそばにいる、二人にとっては一瞬が永遠にも感じられる時かもしれない。
やがてコーヒーが淹れ終わる。
シンジはカップにコーヒーを注ぎ、アスカの好みの甘さにした後、アスカに手渡す。
「熱いから、気をつけてね」
「・・・うん」
アスカは両手でシンジが渡してくれるコーヒーを受け取る。
きちんと取っ手がアスカの利き手に向けられている。
なにげないその優しさにアスカは胸がいっぱいになる。
香りを楽しんだ後、アスカはコーヒーを口にした、ふくよかな芳香が口中に広がっていく。
いつも・・・いつもそう、シンジは必ず相手のことを考えてくれている。
アタシの好みの甘さ・・・いつのまにかシンジが覚えてくれている、アタシのわがままを聞いた結果にせよ。
シンジは星空を見上げているが、時折、思い出したかの様にコーヒーを口にする。
アスカはシンジがどの星を見ているかが気になった。
「ねぇ、シンジ?どの星を見てるの?」
「ん?今は夏の大三角形。ベガ・アルタイル・デネブかな」
「ふーん、そっか」
「アスカ、流れ星探そうか?」
「いいわね、願い事ならいっぱいあるし」
「じゃ、コットのそっち半分使っていいよ」
そう言って、シンジはアスカとは反対側に移動し、コットの上に寝転んだ。
アスカも同様にシンジとは反対側へ寝転び、お互いの右肩の上あたりに頭が来る様にしてあおむけになる。
ブランケットはシンジがアスカに渡そうとしたのだが、アスカが大きめに折り、二人の枕にした。
しばらくは二人とも何も言わず、ただ星空を見ていた。
「あ、流れた」
「今のは短かったわね、あれじゃお願いしてる暇がないわ」
「そうだね」
またしばらく時が経つ。
「今のはどうだった?」
「なんとかなったかな?ねぇ、シンジはなにお願いしたの?」
「ん?みんながね、幸せになれますようにって」
「そっか・・・」
あまりにもシンジらしい言葉にアスカは少し落胆する。
「アタシはね・・・きゃ」
風が吹いた、広がっていたアスカの髪が顔にかかり、その言葉をさえぎる。
「ちょっと待っててくれるかな?アスカ?」
「なぁに?」
「うん、ちょっとね、すぐ戻るから。あ、コーヒー飲んでていいよ、冷えるといけないから」
そう言ってシンジはロッジに向かって走り出した。
「うん、もぅ。なんてタイミングで風が吹くのよ・・・せっかく告白しようと・・・でも、シンジはなにを・・・?」
トイレか?などと考えていたアスカだが、十数分経ってもシンジが戻ってこないのでだんだん不安に駆られる。
その時、シンジが走ってくる足音がした。
聞き慣れているリズム、彼女にとって決して間違えることのない音。
「はぁ・・・はぁ・・・ごめん、アスカ。待たせちゃって」
「なにしてたのよ?」
内心の不安を隠し、不機嫌な様子でアスカが聞く。
「うん、調律に手間取っちゃってさ」
そう言うシンジが右手に持っているのは愛用のチェロ。
既に弦も張られて、調律も済んでいるらしい。
「なんでそんなもんがここにあるのよ?」
「ま、いいじゃない、それよりさ、聞いて。ね、アスカ」
「・・・うん」
星空の下、アタシのためのコンサート・・・か。
やってくれるわね、シンジ。
呼吸を整えたあと、シンジはチェロを弾き出す。
いつもの音より柔らかい、まるでアスカを優しく包み込むかの様な音色。
その音にはシンジの想いが託されている。
自らの想いをチェロに込め、シンジはチェロから音を紡ぎ出していく。
アスカの蒼い瞳からはいつしか涙が流れ出していた。
やがて演奏が終わる、アスカの口から漏れたのはただ一言。
ありったけの勇気と、目の前に居る愛しい人への全ての想いを込めて。
「ねぇ、加持?」
「ん?」
さほど遠くない場所から聞こえてくる、シンジが演奏するチェロの音を聞きながら、デッキでミサトが加持に聞く。
「なんでシンジくん、チェロなんか持ってきてのかしら?」
「あぁ、オレが夜にでも弾いてもらおうかと思って持ってきてもらった。どうやら、役に立った様だな」
「そういうこと・・・ま、でも誉めてあげるわ、今回はね」
「光栄だな」
「でもほんと、いい音色・・・アスカは幸せね」
「そうだな」
加持はそっとミサトを抱き寄せた。ミサトはゆっくりと加持に持たれ掛かる。