『またなにかたくらんでるのかな?』
と、彼が思うのも無理はないだろう。
だが、気まぐれな猫の様な彼女のこと、いつまで続くことやら。
「うふふっゥ」
と、なんだかあやしげな含み笑いを漏らすと、彼女は宙を見つめる。
右手に持ったペンでほっぺたをちょんちょんと軽く叩きながら、にやけたり恥ずかしがったり、時折身をくねらしたり。
美少女だけに、傍から見たらとんでもなく危ない光景かもしれない。
やがてにやけたまま、すらすらと何か単語を書き出す。
そしてペンを口にくわえてしばらく考え込んでいたが、なにやら書き足してにへらぁっと笑う。
直後、今まで以上に頬を染め、思いっきり恥ずかしがっている。
彼女が何を書き、そして書き足したか?
それは『恋人』の上にルビをふる様に小さく『シンジ』という3文字。
彼女の母国語はあくまでドイツ語、通常のメモや日記、読まれると困る様なものはドイツ語で書くが、最近はそれなりに日本語を使うことも増えてきた。
それは彼と彼女の努力の結晶であり、お互いへの愛情がなしえたことでもある。
来日当初は『ミミズがのたくった様な』と評された彼女の文字。
さすがに使徒との闘いの間はそんな余裕もなかったし、自らのほのかな恋心を認めようともしなかった彼女が現実世界に復帰した時、自らシンジにねだって..と言うより半ば脅して師匠と弟子の関係を結んだ。
シンジもその性格そのままにきちんとした奇麗な文字を書くが、レイにはかなわない。
そこで自分よりもレイに教わった方がいいと説き伏せようとしたのだが、素直にそんな言葉を聞くわがまま娘..もとい、恋する乙女ではない。
結局、シンジが折れたのだがそのことを彼は後でひどく後悔した。
その原因は彼女が思い出深そうにページをめくっている一冊のノート。
「これもシンジとアタシの愛の証しなのよねぇ」
それにはびっしりと五十音から当用漢字までが書き込まれている。
そのノートこそはシンジがアスカのために書いた(書かされた)お手本帳。
彼女はそのノートの上に薄手の紙を敷き、その上から何度も何度もなぞることによって、シンジが書くのとほぼ同じ文字を獲得した。
練習を始めた当初、二人羽織の様にシンジに自分の手を取らせて書かせることがあった、最初は窮屈そうにしていた彼の動きに余裕がでてきたのはいつからだろうか。
「いつのまにか勝手に成長しちゃってさ、立場なくなっちゃうわ」
唇を尖らせながら、それでも嬉しそうにつぶやく。
出会った頃はアスカの方がわずかに身長も高かった、現在の彼女はミサトとほぼ同じ身長を確保しているのだが、シンジはそれをはるかに上まわる。
「ま、おかげでヒールを履いてもバランスとれるんだけど」
一度だけ、二人がパーティーで正装したことがある。
アスカは鮮やかなカーマインのドレスを身にまとい、シンジはタキシード姿でそのかたわらに立った。
周囲を圧倒するほどお似合いの二人なのだが、その時はまだ気持ちを確かめあったわけではないのでただお互いのそばにいただけ。
それでも二人の関係を知らないものから見たらカップルとしてしか目に映らなかったろう。
そばにいただけとはいっても、それは二人の感覚であり、結局アスカはシンジに甘えていて、彼はあれこれと世話を焼く、これがカップルでなくてなんだと言うのだ。
「(なにやってるんだか...)」
自分が入ってきたことにも気づかず、身をくねらせながら思い出に耽っているアスカを、レイは呆れた様に見つめている。
アスカの妄想癖はレイも承知しているのだが、ここまで周囲が目に入らないとは立派だ。
電柱にぶつかったり、バスやリニアを乗り過ごしたりとしょっちゅうアスカのへっぽこ状態を見て来ているレイも、今さらながらアスカの妄想癖に感心しはじめた。
「(しょうがないわね、せっかくお兄ちゃんが買って来たケーキを無駄にするわけにもいかないし)」
そう心の中でつぶやくと、レイはすうっと息を吸い込む。
整った小さな唇が尖り、つぐまれる。
そして紅い瞳に悪戯な輝きが宿った。
「アスカぁっ!!」
その声にびくんっ!とアスカの肩が跳ね上がる。
と、同時にその長く美しい紅茶色の髪が乱れた。
「っきゃあっっっっ!!」
思いっきり取り乱しながらアスカが振り返る。
するとレイがにっこりと微笑んでいた。
「ななななななななななななななな....」
「お茶の用意ができたわよ?」
今だ言葉にならない声を出し続けているアスカに対し、レイは面白そうに告げる。
「なななに勝手に入ってきてんのよ! ノックぐらいしなさいよ! レイ!」
「あら? ちゃんとノックもしたし、入るわよって断りもしたわよ? どうせお兄ちゃんとのラブシーンでも妄想してたんじゃないの? ア・ス・カ」
「う゛...言ったわね..レイ...」
「違うの?」
茶目っけたっぷりに語りかけるレイに対し、図星をつかれたアスカは逆ギレした。
それもまたレイの思うつぼだとは気づかないまま声を荒げる。
「きぃーっ! もう許せないっ! 動くんじゃないわよ!!」
「い・や・よ・危害を加えられるのがわかっててじっとしてるバカがいると思うの?」
レイがするりとアスカから身をかわす。
そしてそのまま背後にまわる。
「こんっのぉ〜っ!! ちょこまかとぉ!!」
アスカはますます逆上するが、レイは穏やかに微笑んだままアスカの攻撃をかわし続ける。
ネルフでの格闘訓練でアスカの動きは見慣れているし、ましてや冷静な判断は彼女の十八番だ。
すいっすいっと軽やかにステップを踏みながら、舞いとも評される彼女の防御が続く。
「そろそろこっちからいくわよ?」
そう言うなり、レイはすっと一歩を踏み出す。
「させないっ!!」
アスカの裏拳がうなりを上げる。
レイはスウェーバックで攻撃を避けた、鼻先をかすめた腕が巻き上げる風が、ふわっと蒼銀の髪を舞い上げる。
姿勢を戻しながら、レイは密着する様にアスカの正面に立った。
「え!?」
アスカがレイの顔を驚愕しながら見つめた瞬間、レイの両手が閃く。
『むにょっ』音にしたらこんな感じか。
「きゃんっ!?」
アスカが可愛い声を立ててうずくまり、みるみる顔が赤く染まっていく。
その両手は胸を隠す様に前で組まれている。
「なにすんのよっ!! まだシンジにも揉ませてないのにっ!!」
「あれ? そうだったの? じゃあ、そこのところは私の勝ちね?」
「あによ? それって..」
頬を染めたまま見上げるアスカに対し、レイが誇らしげに胸を張る。
それを見たアスカは『大きさでは負けないわよ』と、脱線した思考に入った。
「だってお兄ちゃん、私を押し倒して胸触ってきたことがあるもん」
「ななななななんですってえぇぇぇぇ!?」
アスカ大爆発。
レイがあれは事故だったとフォローするより先に部屋を飛び出して行った。
「あらら、まぁいっか」
ふんふんと鼻歌を歌いつつ、リビングで繰り広げられる修羅場を見るために、小悪魔レイちゃんはアスカの部屋から出た。
最近はユイの遺伝子の影響がかなり顕著に出てきているらしい...
「こぉんのバカシンジぃっ!!」
大声とともに、アスカの踵がシンジの脳天に突き刺さった。
声にならない悲鳴をあげながら、シンジは頭を抱えてのたうちまわる。
アスカが本気でブチかませばシンジとて只では済まないだろう、妙なところで愛情を示すアスカだ。
ようやく立ち直ったシンジがこれまた怒鳴り返す。
「アスカぁ!? いきなりなにするんだよぉっ!?」
「アンタって男はアタシと言う者がありながらぁ! レイを押し倒して胸触ったですってぇ!!!」
「...へ?.......ああああああれは事故だってぇぇぇぇ!! それにアスカが日本に来る前の話じゃないかぁっ!?」
「問答無用っ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
案の定、嫉妬に狂ったアスカはシンジの言い訳など聞く耳は持たない。
レイはゲンドウさながらの笑みを静かに浮かべた。
この場にミサトがいないのがせめてもの救いだろう、いたら絶対酒の肴にされている。
なぜなら、もう一発引っぱたいた直後に胸を触らせようとするアスカと、恥ずかしさからそれを拒むシンジとの闘いが繰り広げられているからだ。
「なんでアタシのは触らないのよぉっ!!」
「そういう問題じゃないだろぉっ!?」
「あ〜うるさい! うるさい! うるっさぁ〜い!! とにかくあんたは素直にアタシの胸を触りなさいっ!!」
「加持さんとミサトさんじゃあるまいし! 人前でそんなことできるわけないじゃないかぁっ!?」
四つん這いになって逃げようとするシンジのベルトを両手で掴んで引き戻しながらアスカはさらに迫る。
「なんで妹の胸は触れて恋人の胸は触れないって言うのよっ!?」
「レイぃ!? なんとかしてくれぇ〜っ!!」
そんな言葉にレイが応じるはずもない、静かに微笑むと澄ました顔でお茶とケーキをダイニングへと避難させた。
「まぁったアタシを無視してレイに頼るぅ! なんであんたはいつもそうなのよっ!?」
「そんなこと言ったってこの状況で頼れるのはレイしかいないじゃないかぁ!?」
いつのまにか態勢が変わり、シンジの胸ぐらを掴んでアスカが詰め寄る。
お互い興奮していて気づいてないのだが、その顔と顔はまさにFACE TO FACE。
「ぐだぐだ言ってんじゃないわよ! ほら!?」
「だあぁぁぁ!?」
アスカはその双丘を突き出す。
眼前にそんなものを突きつけられて、シンジ思考停止...
それでも生つばを飲み込む音がする。
「しょうがないわねぇ..えいっ!」
レイの声とともにアスカが背後から押されてつんのめった。
そして二人はからまったまま盛大に崩れ落ちる。
「きゃっ!?」
「むぐぁっ!?」
数秒間はそのままの態勢で硬直したままの二人。
自分の仕上げがどういう結果をもたらすか、レイは面白そうに見つめている。
「(う〜ん...このパターンが80%の確率かな?)」
頭の中でいくつかのパターンを予想し、それに対する確率を予想するレイ。
MAGIさながらである。
「いったぁ〜..なにすんのよっ!? レイ!!」
「そんなことより下を見た方がいいんじゃない? アスカ」
「..下?」
頭を振りながら文句を言うアスカに対し、レイはまた爆弾を投げる。
そしてアスカが下を見ると。
「ってシンジぃ!? なにを胸の間に顔埋めてんのよぉっ!?」
「........」
だが、シンジは何も答えない。
「ちょっと! 何か言いなさいよっ!?」
赤くなったままシンジから身を離し、直後彼の胸ぐらを掴んで平手打ちを食らわせながらアスカがなおも詰め寄る。
「そりゃ、胸触れって言ったけどそこまでしろって言った覚えはないわよっ!?」
だが、それでもシンジは反応しない。
それどころか力なくぐにゃぐにゃとしたまま。
「......シンジ?」
「...うん、白目むいてるわねゥ」
こんなところでハートマーク使うなぁ!というツッコミが聞こえてきそうだが、話を続けよう。
ただならぬ事態であることにようやくアスカも気づいた様だ、ゆさゆさとシンジの身体を揺さぶりながら必死に問いかける。
「シンジっ! シンジってばぁ!?」
「そりゃねぇ、アスカが倒れ込んできた時にまた思いっきり頭打ってたもんね..無理もないわ」
よって、シンジの記憶はアスカの胸が迫ってきたところで切れている。
「そんなことよりシンジを運ぶわよっ!」
「はいはい」
自分の予想が的中したことに、心の中で微笑むレイだった。
「ん〜っっ....ふぅっ..」
アスカが浴槽の中で伸びをした、そしてため息をつくと、お湯の中に口まで浸かる。
暖められた空気と共に上へと昇った湯気が、天井との温度差で水滴を作った。
その水滴が自らの重さを支えきれなくなり、ぴちゃん..と音を立てて浴槽に落ちる。
「..........」
眼前に落ちてきた水滴が跳ね上げたお湯が顔にかかり、アスカは目を瞬く。
それでも姿勢は変えない、鼻から息をゆっくりと吸い込むと、今度はぶくぶくと口から吐き出す。
何度かそれを繰り返し、やっと姿勢を正した。
「なんでいつもこうなっちゃうんだろ...」
つぶやくと、今度は浴槽に頭をもたれかけ上を向く。
その視線の先でゆらゆらと湯気がたなびいている。
彼女が考えているのは先程自分がやってしまった暴走のこと。
レイと協力してシンジをベッドに運んだのだが、彼は気がつくと完全にすねてしまい自らの部屋に引きこもってしまった。
天岩戸に隠れてしまった天照大神よろしく、アスカとレイのどちらが声をかけても出てこない。
まさか神話のとおりにシンジの部屋の前で宴会をやるわけにもいかず、二人は途方に暮れた。
とは言うものの、別に鍵がかかっているわけではなく、覗き込むことも乱入することも可能なのだが、それをやるとシンジは大抵どこかへ行ってしまう。
そしてそのまま2〜3日帰ってこないことがあるので、アスカもレイもうかつな行動には出られない。
結局二人はシンジ抜きでケーキを食べる仕儀となってしまった。
「こうなっちゃうとあやまっても聞いてくれないしな.......きゃっ!?」
ぼうっと天井を見上げていたアスカの額に水滴が落ちてきた。
その冷たさで彼女は我に返る。
「そういえば、いつからだろ...えっちな視線でアタシを見なくなったのって..?」
アスカはゆっくりと記憶を辿りはじめる。
はじめて逢った時、彼は自分の着替えを覗いてきた。
ユニゾンの時、眠っている自分にキスをしようとした。
等々、思い出してみると使徒との闘いの時は良くそんなことがあった。
「そっか...アタシが素直になりはじめた時からだ..その前はいつも自分を誇示してたもんね、あれじゃこっちから誘ってる様なもんだわ」
もちろんそれだけではない、シンジ自身も変わってきている。
自分にないものを持っていた女の子−アスカ。
そのことに憧れ、そして劣等感を抱いていた自分。
彼女のそういった面が実はもろいものだと気づいた時には、既に彼女は壊れていた。
そして全ての闘いにけりを着けた時、彼も変わろうとした。
報われることがあろうとなかろうと彼女を、そして自分にかかわる全ての人を助けてあげられるようにと。
幼年期が終わり、そして大人になって行く..その時に味わった筆舌に尽くしがたい体験、それに比べればなんということはない、少しずつ彼は強くなっていった。
彼女を見る視線が優しいものに変わって行ったのもその現われの一つ。
「でも、魅力がないわけじゃないわよね?」
アスカはお湯の中でゆらめく自らの肢体を見つめる。
しばらく品定めをする様にしていたが、やがて持ち上げる様にして今回の騒動の原因である胸を触る。
水面が動き、その小波でふわふわと胸の上部が揺れる。
「ミサトにはかなわないけど、それなりに成長したし..機嫌なおしてくれたら、今度プールにでも誘ってみよっかな?」
胸から手を離すと、アスカはお湯の中から立ち上がる。
そして軽くシャワーを浴びなおすと、浴室から出て行った。
「んで、あなたたち何やったのよ ...?」
帰宅したミサトが片眉を上げながらアスカとレイに問いかける。
食事の用意が出来てない上にいつもいるはずの影の主の姿がない。
大方この二人が何かやらかしたんだろうという予測はついているのでこの言葉が出た。
「ん...ちょっと.....」
「..やりすぎちゃったわね...あれは..」
それぞれにやましいところがある二人は言葉少なに答える。
さすがに全てを語ると酒の肴にされてしまうので、単純にケンカしたということにしておいた。
「ふーん...」
まだ隠していることがあることぐらいはミサトもわかるが、これ以上彼女たちを刺激するのもどうかと思い、追求をやめた。
ため息を吐きながら胸の前で組んでいた腕をほどく。
「ま、いいわ。 レイ? ご飯にしてくれる?」
「あ! いっけない..買い物行ってなかった... ありあわせでいいですか?」
「しょうがないわね、おつまみは作れる?」
「....なんとかしてみます」
そう答えると、レイはキッチンへと姿を消した。
バタンバタンと冷蔵庫のドアを開け閉めしている音が小さく聞こえてくる。
アスカは下を向き、軽く両手を握っている。
「それじゃ、着替えてくるわね。 アスカ? ちゃんとシンちゃんにあやまるのよ?」
「...いじわる..こうなっちゃったら自分から出てくるまでシンジが話聞いてくれないの知ってるくせに..」
うつむいたまま、悔しそうにアスカがつぶやく。
ミサトが姉の顔で優しく笑ってアスカに近づいてきた。
「アスカ? あなたたちはこんなことぐらいで壊れたりはしないでしょ? 話を聞いてくれないなら聞かせればいいだけのことよ?」
肩に手をかけて語りかけるミサトの言葉に、アスカはハッとする。
言われる通り、こんなケンカは何度もあった、いちいち落ち込んでなどいられない。
アスカの思考が上向きになってきたことに気づいたミサトは軽く片目をつぶると、肩をぽんっと叩いて自分の部屋へと入って行く。
「..ありがと、ミサト」
閉じられた扉に向かって、アスカはそっと声をかけた。
その耳に、微かにエキゾーストが聞こえてくる。
あわててベランダへ出てみたが、既に彼はどこかへ走り去っていた。
夜風が首筋をすり抜けて行く。
常夏の日本と言えども、夜の湖面を渡る風はそれなりに心地よい。
BGMは湖水が汀を叩く小さな、そして静かな音。
シンジは包みを破くとハンバーガーを口に運ぶ。
「....こうして食べると、あんまり美味しいもんじゃないよな..」
それでも空腹には耐えられない、黙々と食べる。
いつもなら4人でいっしょに過ごす団らんの時間に自分一人で食べるファーストフード、味気ないのも無理はない。
コーラを飲み干すと、一つにまとめてゴミ箱に捨てる。
そしてまたじっと湖面を見つめる。
「?...まさかね」
鼻歌が聞こえた気がして宙を仰ぐ。
だが、彼は自らの手で殲滅した...苦い記憶、思わず唇を噛む。
「よっ、どうしたい?」
声と同時に、ぽんっと肩に手が置かれる。
ハッとして後ろを振り向くと、見慣れた顔があった。
「加持さん!?」
「おいおい、お化けが出たわけじゃないんだから」
「それもそうですね..あ...」
「どうした?」
「あの..鼻歌歌ってませんでした?」
「いや?」
「そうですか..」
やはり空耳だったのかもしれない、だが彼が元気づけようとしてくれたのかもしれない。
どちらかというと後者を信じたい、シンジはそう思った。
そして静かに微笑む。
「答えが出たのかい?」
「え?」
男くさい笑みで加持が語りかける。
見透かされた気がした。
「いや、葛城から電話があってな...どうもアスカとケンカしたみたいだから様子を見て来てくれとさ」
「ケンカ...ねぇ....まぁ、ケンカに違いはないですけど」
その痴話喧嘩の際に加持たちを引き合いに出したことを思い出し、シンジはくっくっと小さく笑う。
「どうやら、もう大丈夫な様だな?」
「ええ、ご心配をおかけしました」
「じゃ、オレは帰るぞ?」
「はい、おやすみなさい」
「おう、じゃあな」
振り返りもせずに手を振りながら、加持は駐車場へと歩いて行った。
「ありがとう、加持さん..ミサトさん」
血はつながっていなくても、感覚的には既に兄と姉。
自分たちのことより弟たちを心配してくれる二人にシンジは感謝した。
「...さぁ、もうひとっ走りしてから帰ろう」
かつて彼が座っていた場所をもう一度見てから、シンジはヘルメットを手に取る。
「(ありがとう、カヲルくん)」
「さっきはよくも恥をかかせてくれたわねぇ!?」
そう罵りながらアスカがシンジの胸ぐらを掴む。
彼は抵抗できない、ただびくびくとしているだけ。
「何とか言ってみなさいよ? ほら?」
そう言うと共にアスカはシンジを突き飛ばす。
そして勝ち誇った様に左手を腰に当て、右手はびしっと彼に突きつける。
「結局アンタは何も変わってないのよ! いつもぐじぐじしちゃってさ、情けないったらありゃしない!」
「..ごめん」
「ばっかじゃないの? その態度が気に入らないって言ってんのよ!?」
つかつかと歩み寄ると、アスカはシンジの身体を踏みつけた。
「やめてよぉ..アスカぁ」
「..アスカぁ...」
「?」
シンジの声に、アスカがぴくんと反応する。
寝ている彼の身体の上に横から覆い被さる様にしてじっとしていたのだが、視線だけを顔に向ける。
すると、今まで気づかなかったが、彼は寝汗をかきながら苦しそうにしている。
「どうしたのかしら?」
夢の中でも自分のことを考えてくれているのは嬉しいのだが、どうも様子がおかしい。
しばらく首をひねっていたが熱でもあるのかと思い、そのまま手をシンジの額に伸ばす。
じっとりとした感触..だが、別に熱があるわけでもない。
シーツの端で、手についた汗をぬぐう、その時。
「うわぁぁ!?」
「きゃ!?」
がばっとシンジが起き上がる。
体格差はどうしようもない、アスカはそのままベッドの足元の方へ転がされた。
「いったぁ...」
「..はぁ..はぁ...夢..?」
アスカの声にも気づかず、シンジは下を向いたままぎりっと両手を握り締める。
そして悔しそうにつぶやく。
「まだ....だめなのか? あんな夢を見るなんて..」
「...シンジ?」
アスカが怯えた様子で問いかける。
機械仕掛けのオモチャの様に、シンジがびくんっとアスカの方を見た。
「アスカぁ!? どうして僕の部屋に!?」
「..うん...あやまろうと思って来たんだけど、まだ寝てたから」
「そうか...」
「ねぇ、どうしたの? すっごい汗よ?」
言われてみると、Tシャツがぐっしょりと汗を吸い込んでいる。
先程までの悪夢を思い出し、シンジは大きく息を吐き出した。
立ち上がって引き出しの中から着替えのTシャツを取り出す。
「嫌な夢を見てたんだ..」
Tシャツを着替えつつ、シンジはまたベッドの端に腰かけた。
心なしかいつもより彼女との距離が大きい様に見える。
「嫌な夢?」
「まだまだ僕は弱いってことかな」
アスカの問いかけに、まさか彼女からいじめられていた夢を見ていたとは言えず、シンジは苦笑した。
心配そうな顔を見せない様に、アスカはすばやくシンジに抱きつくと彼の胸へ頬をすりよせる。
洗いざらしの布地の心地よい感触..そして、彼の匂い。
そっと彼女がささやく。
「そんなことない..弱いのはアタシ、シンジはとても強くなったじゃない」
「...アスカがいてくれるから」
アスカの身体に腕を廻しながらシンジがぽそっとつぶやく。
とても小さい声にも関らず、彼女には聞こえたのだろう、ふうっと身体の力が抜け、シンジに身を預ける。
しばらくはそのまま何もせずにただじっとしているだけの二人。
やがて、アスカがごそごそと動くと顔を上げる。
「...ねぇ? おはようのキス...」
「ん..」
甘い声でねだると共に、唇を突き出し目を閉じる。
シンジがそっと唇を重ねた。
「!?」
軽いキスだけのつもりだった彼の予想を裏切り、アスカは大人のキスを求める。
唇を離すと彼女は頬を染めたまま恥ずかしそうに微笑む。
その白くしなやかな腕はまだ彼の首にまわしたまま。
「おわびよ..」
「...甘いキスだね?」
口の中に残る甘い感触と味覚。
「まだ、余ってるのよね..失敗作は」
彼女の笑みがてへへといったものに変わる。
大人のキスと共に、口移しで渡されたチョコレート。
それは納得がいくまで作りなおしたため、かなり大量に残ってしまったバレンタインの失敗作。
まさかこんな形で舞台に上がるとは、彼女も彼も予想だにしなかった。
「..今度、チョコレートケーキでも作ろうか?」
「教えてくれるの?」
「お望みとあらば、お教えしましょう..お姫様」
「うむ、くるしゅうないぞ」
「「ぷっ...あはははは」」
早朝のマンションの一室で明るい笑い声が響く。
ひとしきり笑ったあと、シンジがアスカの背中をぽんっと叩く。
「さぁ、朝ご飯にしよう?」
「..ねぇ? 今朝はアタシに作らせてくれない?」
そんなアスカの言葉にシンジは軽く微笑み返すと、片目をつぶる。
そして一言。
「いっしょにの方がいいな..ね?」
「..つまんないけど...それもいいかな? ね、字を教えてくれたときみたいにさ?」
ねだる様な甘い声のアスカにシンジはくくっと小さく笑う。
「甘えん坊だね、アスカ」
「アタシをこんなふうにしたのはあんたじゃないのよ、ばぁっかしぃんじっ」
「僕が?」
「そぅ! ぜぇ〜んぶあんたが変えてくれたのっ!」
輝く様な笑顔でアスカが応えた。
そして、もう一度軽く唇を重ねる。
微笑みながら見つめあった後、朝食を作るために二人は部屋から出ていった。
「元の鞘に収まった様ね?」
「ま、夫婦喧嘩は犬も喰わないと言うしな」
「そういえば、あたし達の決着はついてないのよね〜加持ぃ?(にやり)」
「い、いや..葛城...それはだな(汗)」
「だぁめ、許してあ・げ・な・いゥ」
「シンジくん!アスカぁ! 助けてくれぇ!!」
後悔という名の後書き、もしくは後あがき。(爆)
ちと短めですね。(爆)(^^;
冒頭はとある曲から電波を受けてすらすらと書けたんですけど、そこから先が難産。(泣)
それでも当初よりは書き加えて長くしたんですが、某所に贈ったSSにとことんまでエネルギーを喰われてしまったのと、途中でテンションが下がってしまったのでここまでしか書けませんでした。(^^;;;;
ひとつ補足しておきますが、シンちゃんがあんな夢を見たのは、アスカが身体の上に覆い被さって圧迫していたためです。(爆)
それにしても...最近は煩悩が入りまくってる..一度原点回帰しなきゃいけないのかなぁ。(^^;
おまけに勢いで書いちまったもんで、本編でシンちゃんがアスカの胸に触ったことがあるかどうか確認してないし。(爆)
でわでわ。
〜 サブタイトルはTo Be Continuedの同名の曲から 〜
1999.03.09 おかやん