「ん〜いい風」
思いっきり伸びをしてみる。
着替えてはいるものの、まだメイクは済ませてない。
だから風に髪を梳かさせたって、どうってこともない。
「どうせ髪を梳いてくれるなら、アイツの方がいいけどな...」
独りごちる。
そろそろ出てくるはずと下を見た。
「あ、出て来た」
アイツはバイクを駐輪場から出す。
エンジンをかけて、準備をしながら暖機運転。
しばらくそんな様子を眺める。
「やば!」
バイクにまたがったアイツが上を見た。
隠れようとしたけどもう遅い、しょうがないから手を振ってあげる。
あ〜あ、これで別の服を選ばなくちゃいけなくなったじゃない。
待ち合わせに遅れるのはあんたのせいだからね、バカシンジ!
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。 夕食は私も勝手に済ませてくるから、ごゆっくり」
レイがにっこりと笑う。
以前の彼女なら、複雑な表情で見送っただろう。
だけど、母さんから生まれたことに間違いはない。
それゆえ、彼女は僕を異性として見ることをあきらめ、そして妹としてそばにいる。
いつか彼女を包んでくれる男性が現われてくれることを願わずにはいられない。
いや、自分だけの偽善な考えかもしれないな、アスカを選んだことを正当化するための。
「わかったよ、レイもいい日になるといいね」
「ふふふっ、じゃあつきあってくれる? い・か・り・くん」
以前の呼び方で僕の名を呼ぶ。
悪戯な微笑み、父さんに言わせると、母さんそっくりだそうだ。
「だぁめ」
笑いながら彼女のおでこを突っつく。
彼女は指先を手に当てて、くすくすと笑いはじめた。
「今さら邪魔する気もないわよ、大丈夫、安心してアスカと楽しんできて」
「ん、じゃね、レイ」
彼女の心づかいに応えるためには、素直に言葉に従った方がいい。
下手に慰めの言葉などかけようものなら、かえって彼女は怒るだろう。
ヘルメットとタンクバッグを抱えて外に出る。
扉が閉じられる寸前、背後から声がかかってきた。
「ごゆっくりぃ〜」
ドアが閉じられた。
ふうっとため息を一つつくと、私は気持ちを切り換える。
さて、あの人の所に持って行くケーキを作らなくちゃ。
キッチンへと入る。
「えっと...」
このキッチンにいると、なぜか落ち着く。
たぶん、私の中のお母さんの遺伝子がそうさせているのだろう。
お父さんに言わせると、とても料理好きで手抜きという文字を知らなかった人らしい。
だからお兄ちゃんの料理の腕もうなずける。
そしてその手ほどきを受けた私の料理の腕もめきめき上達している。
噂で聞いた話だけど、私が作ったお兄ちゃんのお弁当を取り上げて食べたお父さんが、泣いて喜んでいたとか。
言ってくれれば作ってあげるのに、そういうところは不器用なままだ。
「よし、はじめるとしますか」
腕まくりをし、一人つぶやく。
お兄ちゃんの口癖がうつっちゃったかしら?
目の前の料理道具の山を再度点検する。
「よし、大丈夫ね...んしょっと」
背中に背負った大荷物ががしゃがしゃと耳ざわりな音を立てる。
だけど、トウジの家にはこういった道具がない。
なければ持って行くしかない、単純な道理。
「お姉ちゃん、まるで夜逃げみたいよ?」
「クエッ」
ノゾミが私にいやみを言ってくる。
ペンペンまで言うことないじゃない。
「うるさいわねぇ、ノゾミには関係ないでしょ?」
「あら? そんなこと言っていいのぉ? 鈴原のお兄ちゃんからの電話切っちゃうわよ?」
妹の手に握られているのはコードレスホン。
そしてあるスイッチに指先がかけられている。
「だめぇっ!!」
っと、叫ぶと同時に手を離してしまった。
直後に背後でどんがらがっしゃんと盛大な金属音がする。
思わず姉妹で顔をしかめた。
「ほら、お姉ちゃん。 行こ? ペンペン」
「クエッ」
私にコードレスホンを渡すと、ペンペンを従えてノゾミは部屋から出て行った。
気を取り直して電話に出る。
「もしもし、ヒカリです」
『おう、ヒカリかぁ。 なんや? 今の盛大な音は?』
やっぱり聞かれてたのね。
心の中でため息をつく。
「ううん、なんでもない、気にしないで」
『さよか? ならええけどな、ケガとかしとらへんか?』
「心配してくれてるの?」
『まぁな』
電話の向こうで照れてるのが伝わってくる。
うれしいわね、アスカの気持ちがなんとなくわかる。
「それで、どうしたの?」
用件を聞かないわけにもいかない。
「いや、ノゾミちゃんから電話があってな。
ヒカリが大荷物抱えて苦しそうにしてるゆーから、手伝おうかと思うてやな....」
最後の方はゴニョゴニョとして聞き取りにくかった。
ノ〜ゾ〜ミ〜やってくれたわね?
「とにかく今からそっち行くよって、待っとってや。 ほな!」
切られた...
でもしあわせ。
「兄ちゃん? 今からヒカリお姉のとこ行くん?」
「せや、ワイらのために料理作ってくれるゆーとるんに、荷物持ちぐらい手伝わにゃあかんやろ?」
ナツミが申し訳なさそうにワシを見る。
「ごめんな、兄ちゃん...せっかくのクリスマス・イブやゆーんに...」
「かまへん、ワイもヒカリも納得ずくでやっとるんやから」
もともとヒカリが言い出したことやが、ワイら二人で話し合ってきちんと決着はついとる。
「心配すな、もうすぐお前も全快や。 そしたら、こっちはこっちで楽しませてもらうよって」
「そやね、来年のクリスマスには兄ちゃんとヒカリお姉が二人っきりのクリスマス過ごせる様に、ウチもしっかり治さんとな」
「そういうこっちゃ」
ナツミの頭をくしゃくしゃとやってやる。
んでも、妙にうれしそうやな? ナツミのヤツ。
ま、ヒカリの料理は美味いさかい、無理もあらへんか。
「それじゃ、行って来ます」
「気をつけて行ってくるのよ」
お母さんが妙に心配そうな顔で言ってくる。
だから笑顔で返事を返してあげる。
「はい」
「マユミもクリスマス・イブを男の子と過ごす様になったか、嬉しいじゃないか、母さん」
お母さんの背後から、お父さんが声をかけてくる。
「からかわないでよ、お父さん」
顔が少し熱い。
やっぱり照れてしまう。
「ははは、すまんすまん。 あまり遅くならない様にな? お前たちはまだ高校生なんだから」
「はい、じゃあ行って来ます」
両親の心配も無理はない。
だけどケンちゃんもその辺はわきまえてるし、大丈夫よ。
「よしっ...と、これでいいな」
家を出るのに声をかける相手など誰もいない。
だけど、今に始まったわけでもないから、いつもの様にさっさと出て行く。
「器材もよし..っと」
今日は夜景の撮影を教えるには最高の条件。
街はイルミネーションで飾られ、色とりどりの衣装をまとった人たちであふれかえる。
撮影家としては腕の見せ所だ。
「できれば、彼女の最高の一枚を撮ってやるか」
ぽんっとカメラバッグを叩く。
我ながら、あまりムードのないクリスマスかもしれないな。
マンションからさほど遠くない場所にある公園。
ここが僕たち二人の待ち合わせ場所。
入り口の脇に停めてあるバイクを何気なく見る。
見慣れたブルーとブラックの配色。
昨日のうちに磨き上げてあるそのマシンはただ静かに主である僕と、タンデムシートに乗ってくれる女性を待っている。
「やっぱり、待たされるのか」
空を見上げて、つぶやいてみる。
待たされるのはいつものこと。
彼女にしてみれば、自分をもっと良く見せたいのだろう。
だけど、僕は色んな彼女を見てきている。
今さら飾る必要もない..とは思うけど、一所懸命努力している彼女にやめろとも言えない。
「結局、好きなんだよな..どうしようもないほど」
恥ずかしくて彼女に面と向かっては言えない言葉だ。
もし、この言葉を言ったらアスカはどんな顔をするだろう?
「はぁ..はぁ..はぁ...」
息を弾ませて走る。
かなり待ってるはず、あれから服を選びなおし、そしてメイクもばっちり決めた。
公園が見えてきた、足を止めて呼吸を整える。
「後は最終確認っと」
手近なショーウインドウを覗き込み、軽く乱れた髪に指を通す。
アイツからもらった髪留めの位置を直し、うっすらと浮いた汗を拭きとる。
「よしっ、完璧!」
颯爽と歩き出す。
あの公園の中には、アタシの最愛の人がいる。
もうちょっとだから、待っててね、シンジ。
『ぴんぽーん』とチャイムが鳴る。
にやける口元を必死になだめながら玄関へと走る。
そこには...トウジにしがみついたノゾミがいた。
「お! ヒカリ! ええところに来た、ノゾミちゃんをなんとかしてくれぇ〜」
めらめらと怒りの炎が心の中で立ち上る。
ぎろっとノゾミをにらみつけた。
こめかみに冷や汗を浮かべながらノゾミがそぉっと逃げようとするのを左手を伸ばして捕まえる。
「後でゆっくりお話ししましょうね...ノ・ゾ・ミ?」
「...はい..」
左手を開き、バカ妹を開放する。
この子ったら、誰に似たのかしら?
「で、運ぶんはどれや?」
殺伐とした空気を壊すのうてんきな声。
碇くんが言う通り、すごい才能よね。
「あ、とりあえず上がって? お茶入れるから」
「いや、ナツミが待っとるさかい長居するわけにもいかんがな」
「それもそうね、じゃあちょっと待ってて」
それに、うかつに家に入れるとノゾミがまたちょっかいを出しかねないものね。
踵を返すと例の大荷物を取りに行く。
トウジ、驚いちゃだめよ?
待ち合わせまで後15分ほど。
早く来すぎたかもしれない、でも遅れるよりはいいはずよね。
ふうっと大きく息を吐く。
風が吹き、頬をすり抜けて行く。
ふふっ、常夏の日本ではホワイトクリスマスなんて夢のまた夢よね。
サンタクロースがサーフィンしてる様な状況だし。
「ごめん、待たせたかな」
ちょっとびっくり。
いつのまにかすぐ横にケンちゃんが立っている。
「え? でも、まだ時間じゃないですよ? だからあやまる必要なんてないです」
「そうかな? でも待たせたことに変わりはないからさ」
照れ臭そうに頬を掻いてる。
色んな評判があるけど、けっこう誠実な人なのよね。
すくっと立ち上がり、背筋を伸ばす。
「じゃあ、行きましょうか?」
「そうだな」
今日ぐらいは勇気を出して腕を組んでみよう。
型へと生地を流し込む。
とんとんっと型を時折落とし、空気を抜くと同時に隅々まで行き渡らせる。
「うん、いい感じ」
ふんふん♪
なんだか鼻歌が出てきちゃう。
お兄ちゃんが楽しそうに作ってる気持ちがなんとなくわかる。
「オーブンの温度は..? ちょっと低いわね」
まだ温まってないオーブンをにらみつけてみる。
この辺の段取りはまだお兄ちゃんの様にはいかない。
だけどお菓子作りだけは絶対にお兄ちゃんより上手くなってみせる。
そうでもしないと女の子としての私の立場がなくなっちゃう。
「そろそろ..うん、おっけー」
型をオーブンに入れ、扉を閉じる。
しばらくはやることがない、紅茶でも入れよう。
「くぅわぁじい〜? あんた今日の夜は暇?」
やっぱり来たな?
ちょいとからかってやるか。
「ああ、今日の夜なら、総務のミユキちゃんと秘書のマサミちゃん..」
【どげしっ!!】
「はんっ! よござんしたねっ! もてもてでっ!!」
「......の誘いは断ったから大丈夫だと言おうとしたのに..」
薄れゆく意識の中、オレはぼそっとつぶやいた。
後はリっちゃんのフォローに全てを託そう...がくっ。
最初は映画館へ。
もうすぐクライマックス、ひじ掛けの上のシンジの手にそっと手を重ねる。
「むか!」
と、思ったのは一瞬。
アタシの手を弾かれたと思った瞬間、シンジは掌を返してアタシの手をしっかりと握ってくれた。
こうなったら行くしかないわね?
そっと肩に頭をもたれかける...幸せ..もう映画なんてどうでもいい。
アスカが僕の肩に頭をもたれかけてきた。
そして猫の様に落ち着ける位置を探してごそごそと動く。
ふわっと空気が動くと共にいい香りが僕の鼻をくすぐる。
だめだ..もう映画になんて集中できそうにない。
「?」
視線を感じて彼女を見ると、僕の顔を見ながら前の座席に取りつけられたトレイを指差している。
はいはい、わかりました。
彼女の頭がズレない様にそっと左手を伸ばし、カップの中身を少し取り出す。
「はい、あーんして」
小さくささやくと共に、口元へとポップコーンを運ぶ。
薄くルージュをひいた唇が開かれるのを待ち、喉の方へ転がらない様に気をつけて放り込んだ。
満足した様に微笑みながら、彼女はもごもごと口を動かしている。
すっと彼女が動き、今度は僕の口元へとポップコーンが運ばれてきた。
「なあ、兄ちゃん?」
「なんや?」
「手伝わんでいいのん?」
「アホぬかせ、ワシが行ってどないなるっちゅーんじゃ」
居間にいる二人の会話が微かに聞こえてくる。
ま、確かに台所に入ってこられたところでつまみ食いをされるだけだけどね。
あ! 鍋を落としちゃった...空のやつだからいいか。
「ケガぁないか!?」
「へ?」
どたどたという音と共にトウジが走ってきた。
思わず間抜けな返事。
「ん、大丈夫..空の鍋落としただけだから」
「さよか」
照れ臭そうにずかずかとまた歩いて行く。
心配してくれたのね..ありがとう。
「ほれ見てみい、結局きっかけさえあれば行くやんか?」
「じゃかぁしい!」
兄妹の会話が聞こえてくる。
どこでも似た様なものね。
「これなんてどうです?」
お互いデートなど慣れてはいない。
だから気を張るのはやめて、自然に振る舞おうということにした。
だから私はいつもの様に服やアクセサリーを選び、ケンちゃんはカメラマンの目で私を見て判断する。
「もうちょっとブルーが入ってる方がさっき買った服には合うと思うな」
配色までこだわる所が彼らしい。
自分のことは全然無頓着なくせに、他人のことになると妙にこだわる。
言葉は不器用だけど、私のために悩んでくれてることは伝わってくる。
「うーん...じゃあこっちかな?」
「そうだな、それの方がいい」
よし、決まり。
パシュッと音を立てて扉が開く。
「こんにちは。 いや、こんばんわかしら?」
「あら? どうしたの、レイ?」
いきなりの私の訪問にリツコさんは驚いた顔でこちらを見る。
「えへへ、メリークリスマス、リツコさん」
「あ、そういえば世間ではそんな季節だったわね」
苦笑している彼女を見ていると、私もなんだかおかしくなって笑い出す。
「そんなに笑わなくてもいいんじゃない?」
言葉とは裏腹に彼女は微笑んでいる。
私にとっては優しいお姉さん。
ううん...いつかは...
「ごめんなさい、それよりもご自慢のコーヒーを入れてもらえませんか?」
手元の包みを軽くさし上げてみせる。
「ひょっとして、それって?」
「当たり..だと思います。 クリスマスケーキです、お兄ちゃんほど美味しくはないと思いますけど」
にっこりと微笑む。
それでも上出来な部類だと思う。
「レイが作ったケーキか、楽しみね。 ちょっと待っててちょうだい?」
小さな備えつけのキッチンに向かって行こうとした彼女が振り返る。
「あ、司令たちには?」
その辺りは抜かりない。
「ええ、大丈夫です。 さっき発令所のみんなにも配って来ましたし」
「そう、みんな喜んでたでしょ? 今日の勤務は寂しい連中ばかりだから」
くすくすくす..
確かに争奪戦だったわね。
「ほな、メリークリスマス!」
ナツミちゃんの声と共にささやかなホームパーティが始まる。
食卓には私が腕によりをかけたお料理が並んでいる。
多分、残ることはないだろう、トウジの食欲は知りつくしているし、その辺も考慮してボリュームも調整してある。
「メリークリスマス、ナツミちゃん。 いっぱい食べてね?」
「うん、ほないただきまーす!」
「ほな、ワイも食うでぇ」
「どうぞ」
嬉しそうにトウジが食べはじめる。
見慣れているとはいえ、やはり自分の料理を美味しそうに食べている姿は気持ちがいい。
私も箸を伸ばすとしますか。
「メリークリスマス」
さほど高くもなく、かといって安っぽいわけでもないレストラン。
高校生の私たちにはちょっと背伸びをしたぐらいと言うところだろうか。
お互い未成年ということで、ジュースで乾杯。
カチン...とは言わず、ガチンと言う感じの音を立ててグラスが触れ合う。
「やっぱり、照れ臭いな」
苦笑しながらケンちゃんが言う。
それは私だって同じ、面と向かって言われると尚更意識してしまう。
「そうですね、なんだか落ち着かなくって」
「まぁ、じたばたしてもしょうがない..か」
その通り、自然体でいきましょう、私たちは。
これからも..ね?
「メリークリスマス、アスカ」
いつのまにか男らしくなったシンジの声が、静かに聖夜を祝う言葉を口にする。
「メリークリスマス、シンジ」
微笑み返すと同時に、アタシもその言葉を口にする。
言葉にできない想いもすべて声の響きの中にいれて。
「じゃあ、乾杯」
シンジがスッとグラスを差し出してくる。
アタシもグラスを差し伸べて、軽く触れ合わせる。
チンッという澄んだ音。
今日ぐらいはとおねだりをして、ワインを頼んだ。
私たちのおこづかいではあまり高いものは頼めない、それでも自分が出すからとシンジは比較的上級のものを選んでくれた。
彼の心づかいと共にワインを口にする。
「ん、美味しい..」
「そう? よかった」
シンジも微笑むと、くっとワイングラスを傾ける。
「そうだね、すごく飲みやすいや」
「でも、あんまり飲み過ぎると運転できないわよ?」
くすくすと笑ってみる。
さぁ? どういうふうに切り返すつもり? バカシンジ。
「あれ? バイクで帰っていいの?」
「どういう意味よ?」
ちょっと期待してみる。
「だってさ、歩けばそれだけ二人だけの時間が増えるわけじゃない?」
言ってくれるわね。
期待してた答えとはちょっと違うけど、取りあえずは...
「うん、シンジにしては上出来な答えね」
「それはそれは、ありがたきお言葉を」
「茶化さないでくれない?」
「あ、ごめん」
ま、さっきの言葉に免じて許してあげるわ。
食事も終わり、まだほろ酔い加減が続いている。
そろそろ頃合いかな?
なんだかしらふでは照れ臭いし。
アスカの瞳をじっと見つめる。
期待している様で不安なまなざし。
「プレゼントを、受け取ってくれる?」
まだ彼女の瞳を見つめたままその言葉を口にした。
彼女の答えは。
「受け取らないわけがないでしょう? バカシンジ」
言葉はきついけど、その瞳は笑っている。
さっきまであった不安な光は消えてしまった。
「ありがとう、アスカ」
「ばかね..礼を言うのはこっちでしょ? ほら、期待してるんだから早くしなさいよ」
確かにその通りだ、受け取ってくれてありがとうなんて、恋人に言うセリフじゃない。
バッグに手を伸ばし、ある包みを取り出す。
「それじゃ、受け取って下さい」
ささげ持つ様に小さな包みを彼女に差し出す。
アスカは、手のひらで包み込む様にしてそれを受け取った。
「開けても..いいわよね?」
「当然でしょ」
それは君のもの。
君以外誰も持っていちゃいけないものだ。
「..うん」
アスカはゆっくりと包みを解く。
その中から現われたものはプルシアンブルーの小さなケース。
もう中身が何かは彼女はわかっている。
それはあの時約束したもの。
「ねぇ? シンジがつけてくれる?」
ケースを開いた彼女が、喜びと期待に満ちた顔で僕に問いかける。
もちろんさ、うなずいて彼女の手からケースを取り上げ、リングを右手の親指と人さし指でつまみ上げる。
「それじゃ、お願い」
彼女が左手を差し出す。
一瞬、躊躇する。
..やっぱり、こうしなきゃ満足しないよな。
「ありがとう」
リングをつけた左手を右手で包み込む様に胸の前で抱きしめ、彼女が泣きそうな声で言った。
僕も何も言わず微笑み返すだけ。
やがて彼女は明かりにかざす様にして、薬指にはめられたリングを見つめる。
それは僕の愛の証し、決してこんなものだけで表現できるわけじゃないけど、彼女には形のあるものとして僕の想いを感じていて欲しい。
彼女が、僕にペンダントをくれた様に..
左手をほのかな明かりにかざしてみる、シンジがくれた最高のプレゼント..そしてアタシの宝物が薬指で光る。
もちろん、一番の宝物は目の前で微笑んでいる人。
今度はアタシの番だ。
「それじゃ、お返しをしなくちゃね?」
シンジがまた微笑みを返してくる。
何も言わないのが彼らしい、相変わらず口下手だけど、要所ではきちんと締めてくれる。
そんな優しさにもアタシは惚れてるんだな..
「じゃあ、はい」
今までテーブルの下に隠してあった包みを彼にさし出す。
「うん、ありがとうアスカ..開けていい?」
当然でしょ?
あんたにあげたものなのよ。
彼の真似をして、黙ってうなずく。
「それじゃ、遠慮なく..」
がさごそと、シンジが中身を取り出す。
そのラッピングだってアタシがやったんだからね。
「これ..? アスカが?」
「そうよ、アタシ以外に誰があんたに編んであげるって言うの?」
シンジに渡したものはサマーセーター。
本当はきっちりとセーターを編んであげたい、だけど常夏の日本では暑苦しいだけ。
だからバイクに乗る時にちょうどいい様にとサマーセーターにした。
決して良いできじゃない、だけどアタシの想いは編みこんである。
「大切にするよ、もったいなくて着れそうにないし」
「ばぁか、着なくちゃなんのために編んだかわかんないじゃない」
「でも..」
「デモもストライキもなぁ〜い! もし破れたらまた編んであげるわよ」
おかしくなってくすくすと笑い出してしまう。
まったくこいつったら..
「ごめんね? 指の痕はこのせいなんでしょ?」
「!」
気づかれてた。
「..うん、やっぱり慣れてないから」
「早く治ります様に」
シンジがアタシの手を取り、その両手で包み込む。
男の人とは思えない整えられた繊細な指先。
「...ありがと..」
「おほん..ちょっとよろしいですかな?」
突然せき払いが横から聞こえた。
シンジがあわてて手を離す。
んもう、なんてタイミングで出てくんのよ! このおっさん!
「あ、あなたは....」
シンジはこのおっさんを知ってるらしい口ぶり。
まったく、あんたには驚かされてばっかりね。
「覚えていてくれた様だね? 碇くん」
「審査委員長を忘れる様では落選してしまいますよ、それでなくても御高名な方なんですから」
「いやいや、ここ第3新東京市では君の方が有名だよ」
「あ、それは確かに..」
シンジが苦笑している。
なんなのよ? このおっさんは?
苦虫を噛みつぶしている様な顔をしているアタシに気づいたのか、おっさんがアタシを見た。
「こちらの女性は..碇くんの恋人かな?」
「はい」
一瞬の躊躇もないシンジの返答。
すっごくうれしい。
「そうか、なら邪魔をしたおわび、と言うわけでもないが、碇くん一曲いっしょにどうだね?」
「え? いいんですか?」
シンジの瞳が輝きを増す。
と、言うことはこのおっさんも音楽家と言うわけね、納得。
シンジがアタシをじっと見て了承を得ようとする。
「いいわよ、行ってらっしゃい」
言葉の前に瞳で返事をした、だけどこのおっさんの手前、きちんと言葉にしないとね。
「ありがとう、じゃあちょっと待っててくれる?」
軽くうなずく。
シンジもうなずいて席を立った。
そしてそのままおっさんといっしょにさっきから曲を奏でている連中の所に移動する。
おっさんが第1バイオリニストに声をかける。
するとみんな驚愕してぺこぺこしはじめた。
おっさんはバイオリンを借り、シンジは当然チェロを借りる。
お客さんも全て注目、あ〜そこの女! シンジに色目使うんじゃない!
なにごとか二人で打ち合わせ、たぶん曲を決めているのだろう。
決まったみたいね? 調子を合わせたあと演奏が始まる。
清冽な音色が涌き上がる...クリスマスらしくSilent Night。
余韻を引きながら演奏が終わる、立ち上がって拍手を送ろうとした瞬間、次の曲が始まった。
「!」
身体に電流が走る。
これはアタシたちの思い出の曲。
アタシが言葉で伝える前に、シンジはこの曲に想いを乗せて伝えてきた。
あの湖畔で弾いてくれた曲。
まぶたが熱い...バカシンジ..
演奏が終わった。
誰よりも早く立ち上がって拍手を送る。
シンジも弓を軽く挙げてアタシに向かって振ってくれた。
デスクの上にある置き時計が、その時間だけ『にゃあ』と鳴いた。
もう、それなりに遅い時間、お兄ちゃんたちが帰ってくるまであと一時間ぐらいだろう。
ミサトさんは...酔いつぶれるから帰ってこないわね。
これだけは妙に確信できる。
「あ、そろそろ失礼します」
「そうね、こんな時間までごめんなさいね、レイ」
リツコさんが優しく微笑む。
あなただって私のわがままにつきあってくれたんですよ?
だから私も微笑み返す。
「いい笑顔をする様になったわね? レイ」
「いい人たちに囲まれてますから」
お兄ちゃんを筆頭とする家族のみんな。
そしてネルフの人たち。
「そうね、気をつけて帰るのよ?」
なんだかおかしくなってくる。
くすくす..
「リツコさん? 私は世界最強の女の子ですよ?」
私の中にある力。
今は使う必要もない力。
「でもね、レイ? あなたの心は普通の女の子なのよ? それを忘れないでね?」
「はい」
努めて明るく返事をする。
それがリツコさんの心づかいに対する私の心づかい。
そして、全ての人々に神の御加護があらんことを。
「「ただいまぁー」」
「おかえりなさい、お兄ちゃん、アスカ」
「あれ? ミサトはどうしたの?」
「まだ帰ってこないわ..たぶん..」
「またどこかで酔いつぶれてるのかな? 加持さんも大変だ」
「はぁあ..まったくあの三十路女は....それよっか、レイ?」
「なに?」
「早くあんたの作ったケーキ食べさせてくんない? それを楽しみにしてアタシ達はケーキは頼まなかったんだからね!」
「じゃあ、僕はお茶を入れてくるよ、アスカは紅茶、レイは僕と同じだよね?」
「「うんっ!」」
「碇...?」
「..なんだ? 冬月」
「ちょっと相談があるのだが..」
「.....レイが作ったケーキなら分けてなどやらんぞ..」
「...........ちっ..」
「(にやり)」
後悔という名の後書き、もしくは後あがき。(爆)
それぞれのクリスマス、いかがでしたでしょうか? 場面転換がやたらと多いので読みにくかったかも知れません。(^^;
おまけに時間がなかったので、見直しがあまり入ってないです。(^^;;;;
時間が取れたら、いつか書き直してみたいと思います。
シンジ&アスカ以外のカップルやキャラクターがどの様な聖夜を過ごすか。
本来は外伝としてそれぞれのデートを書こうとしていたのですが、やはりLASを入れないわけにはいかないので、今までの話の中でなんとなく書きそびれたエピソードや、これは書いておきたいな、と暖めておいたネタで構成してみました。
そのせいでまたバイト数が伸びる伸びる。(^^;
最近、予想外の大きさになってしまうことが多いですねぇ。(自爆)
お気づきでしょうが、結局はシンジ&アスカに一番の行数をかけています。
まぁ当然ですね、基本はLASですから。(^^;
〜 サブタイトルはCeline Dionの同名の曲 ”The Magic Of Christmas
Day (God Bless Us Everyone)”より 〜
1998.12.23 おかやん