「いってらっさぁーい!」
いつもと同じ様な葛城家の朝。
だが、少し違うところがある。
それは、学校へ行く二人の手がしっかりとつながれていること。
アスカが強引に引いていくわけでもなく、シンジも嫌がることなく、自然にその手はつながれている。
以前のいがみあい、傷つけあってばかりいた頃の二人を知る者は、今の光景が信じられないかもしれない。
それほどまでに今の二人の雰囲気は自然になっている。
「愛の力は偉大ねぇ、やっぱり私じゃダメね」
そうミサトはつぶやき、出勤する準備をするために立ち上がった。
だが、言葉とは裏腹に、額には2本ほど青筋が浮いているのが見える。
さっきまで二人に当てられまくっていたのだから無理もない。
いらだち紛れに、その手に握られたエビチュがバキバキッと音を立てて握り潰された。(をい
ついでに記しておくが、別に二人してミサトに見せつけていた訳ではない。
アスカがシンジに甘えまくっていたというのが真相だ。
エレベーターに乗り込んだ二人は、1階へのボタンを押し、続いて扉を閉じる。
二人だけの密閉された空間で、アスカがうつむいてシンジに問いかける。
この質問をシンジの目を見ながら行う勇気は今のアスカにはない。
「ねぇ、シンジ?」
「なに? アスカ」
「アタシで...本当に..いいの?」
「なに言ってるんだよ、いいに決まってるじゃないか。 アスカじゃなきゃダメなんだ」
シンジのことを信頼してはいるが、アスカはまだ不安が先に立つらしい、今まで孤独だった分、捨てられることに対する恐怖は人一倍。
それはシンジも同じだった。
だが護るべき人を見つけ、そして手に入れた今、シンジにはその女性−アスカを離す気など毛頭ない。
シンジにとってアスカとは、護るべき存在であると同時に、支えてくれる存在でもあるのだから。
「ありがとっ、シンジっ!」
シンジの言葉に感謝するとともに、アスカはシンジの顔を見上げ、その握った手にぎゅっと力を込める。
まるでもう逃がさないと言わんばかりに。いや、事実そうなのだろう、昨日の車の中で決意した様に。
シンジもまた握り返すと、アスカのその透き通った蒼い目を見つめて穏やかに微笑む。
アスカにとって、いや、女性にとって犯罪ともいえる笑顔。
それが今、自分のためだけに向けられている。
幸せとともに顔に血が昇っていくのをアスカは感じた。
「そんな目で見られたら、恥ずかしいじゃないのよ! バカシンジ!」
照れ隠しの言葉。
真っ赤になった顔で言っても説得力の欠けらもない。
ただし、普通の相手なら、だ。
彼女の愛する人はこういうことには鈍感な男性、ついいつもの調子で応えてしまう。
「あ、ごめん」
《もう...あやまることなんてないのに。》
「さ、行くわよ! いつまでもこうしてると遅刻しちゃうからね!」
「うん、そうだね」
エレベーターは既に1階に着いている、このままではまた中に閉じ込められることになる。
それはそれでうれしいのかもしれないが、結局はいつもの様にアスカがシンジの手を引いて足早に歩き出す。
もっとも、シンジの方が歩幅が大きいのですぐに二人のペースはシンクロする。
普段なら勢いがついた時点でアスカが本心はともかく手を離してしまうが、今朝は前述したとおりつないだまま。
やがてアスカは、シンジに寄り添う様にその距離を縮める。
ふとシンジの顔を見ると、アスカの動きに気づいたシンジもアスカを見つめていた、アスカはごく微かにその頬を染めながら目を細めて微笑した。
「よっ、お二人さん! 相変わらず仲のよろしいこって」
「おはよう、二人とも」
「おはよう、トウジ、洞木さん」
「おはよっ! ヒカリ、鈴原」
通学路の途中にある交差点で、トウジとヒカリが二人に声をかけてくる。
この二人だって昨日は仲のいいところを周囲に見せつけていたのだ。
さすがにシンジとアスカほどべたべたではないにせよ、こちらはまた古風でいい感じの雰囲気。
トウジは相変わらず肩ごしにカバンを持ち、ヒカリは女の子らしく体の前で両手でカバンを持っている。
「あぁ〜らぁ〜、アスカったらしっかりと手なんかつないじゃって、幸せ? 碇くんもまんざらじゃなさそうだし」
「もちろんよっ! ヒカリこそ鈴原とつなぎたいんじゃないの?」
「......」
アスカの切り返しにヒカリは真っ赤に染まって、トウジの顔をうかがう。
そうしたいという気持ちと、気恥ずかしさ、そしてトウジを困らせたくないという気持ち。
それらが複雑に入り交じった視線、その視線を受けたトウジもまた、耳を染めながら聞き返す。
「そうなんか? いいんちょ?」
「...うん」
「さよか、なら...」
硬派を自認するトウジもヒカリの前ではかたなしだ。
もっとも、今のヒカリはただ彼の側にいられるだけでいい、そして自分の作った料理を美味しそうに食べてくれれば、それでヒカリは幸せなのだ。
「いつか、鈴原がそうしてくれればいい、今は...このままでいいから」
さらに赤くなりながら、うつむいてそうつぶやくヒカリ。
3人にもそのいじらしさが伝わってくる。
今度は自分たちが後押しする番、そう思ったシンジはトウジの目を見据える。
そのシンジの心を感じ取ったかの様にアスカが握った手に力を込めた。
《トウジ》
《わかっとる!》
一瞬の間に行われたシンジとトウジのアイコンタクト。
親友として、そして戦友として過ごした日々はこの二人にもそんな能力を与えた。
「え?..ありがとう...」
そっと握られた手に対するヒカリの返礼。
たった一言、それでも今できる精一杯の感謝の言葉。
お互い同じぐらい真っ赤になった二人を見て、シンジとアスカは微笑みあう。
《これでよし、と》
《そうね、ご苦労さん、シンジ》
《ありがと、アスカ》
こちらでもアイコンタクトが行われる。
もっと深く、そして愛情で裏づけられたアイコンタクト。
アスカはつないでいた手をそっと解き、シンジの右腕に自分の左腕をからめなおす。
そしてシンジの肩に自分の頭をもたれかける。
とても安心できる場所、アスカは心の中でそんな感慨を抱く。
【カシャッ】 乾いた小さな音がする。
「よっ、おはようさん。 朝からいい被写体に恵まれたぜ」
「あ、ケンスケ、おはよう」
「おはよう、相田」
「おう、ケンスケ」
「おはよう、相田くん」
いい雰囲気の二組のカップルを撮影しながら、ケンスケが姿を現す。
すでにあきらめの境地に達したのか、屈託の無い笑顔。
中学の頃から、この4人を見ているケンスケにとっては、こうなるのは遅すぎたという感がある。
「だけど、この写真は売れないな、後でプレゼントするよ」
「悪いね、ケンスケ」
苦笑しながらシンジが言う。
どちらにせよ、アスカとシンジがくっついてしまったのだ、ケンスケは写真の売り上げが激減することを既に覚悟している。
「あ〜あ、わが身の春は遠いねぇ」
「あんたにもいずれ春が来るわよ! さぁ、遅刻しないうちに学校行きましょ!」
シンジの腕を引き、アスカが歩き出す。
その他の連中もそれに従う。
だが、アスカの言葉が現実になることを、この時点では誰も知らなかった。
4人が校門をくぐると周囲からそんな言葉が発せられる。
無理もない、アスカはシンジにぴったりと寄り添い、その左腕はシンジの右腕にしっかりと絡められている。
しかもアスカの表情は、シンジを除き今まで誰も見たことがないほどの幸せそうな笑顔。
その表情に惚れなおした者もいたらしい。
「やれやれ、予測してたとはいえ、案の定だな」
「そやな、ケンスケ」
ケンスケとトウジは既にこのことを予測していた。
それはそうだろう、写真の売り上げ上位の二人が恋人どうしになってしまったのだ。
だが、不思議と売り上げの低下は少ないことに後で二人は首をひねることになる。
「アスカぁ? なんか周りが騒がしいんだけど?」
「あんたバカぁ!? あんたとアタシが腕組んで歩いてたら当然でしょうが!」
「じ、じゃあ腕解こうよ、恥ずかしいから...」
「い・や・よ」
「アスカぁ..」
「しょうがないわねぇ、でも、手はつないでもらうわよ? バカシンジ」
「う、うん..」
アスカは今までからめていた腕を解き、シンジの右手をしっかりと握る。
家を出る時とは違い、指をからめて。
「さすがアスカね、しっかりと碇くんに甘えてるわ」
ヒカリは呆れながら、それでもアスカがシンジに甘えているのに気づいている。
言葉は少し乱暴だが、これがアスカの愛情表現。
ヒカリとトウジは、学校に近づき、人通りが増えてきた時点で既に手は離している。
まだまだ気恥ずかしさが先に立つ二人、それでも当人達は納得しているのだから、それでいいのかもしれない。
「あれでも甘えとる、言えるんかいな? いいんちょ」
「少なくとも二人にとってはそうなのよ、鈴原。 あの表情見ればわかるでしょ?」
「そやな、野暮はやめとこか」
「そういうこと」
げた箱で靴を履き変えようとすると、相も変わらず飛び出してくるラブレターの束。
アスカはシンジの分も奪うと、そのままゴミ箱に放り込む。
そして軽くため息をつき、シンジの方を見て微笑む。
「明日からはちょっとは減るのかしらね? シンジ」
「うん..そう願いたいね」
「ま、来たところで無駄だけどね。 さ、行くわよ?」
「あ、うん、行こうか、アスカ」
教室へと行く間、周囲の視線を集めまくる二人。
アスカは自慢げに、そしてシンジは殺気混じりの視線の数に恐れおののいていた。
もっとも、ケンカになったところで、ネルフで身につけた格闘技術は伊達ではないので安心はしている。
そしてその後ろを3人が苦笑しながら歩く。
「おっはよー!」
「おはよう、アスカ! ねぇ? 碇くんとつきあうことになったの?」
窓から見ていた誰かが教えたのだろう。
アスカが教室へと入っていくと、周囲の女生徒からそんな言葉がかけられる。
さすがにこのクラスでは、シンジとアスカが、いつくっついてもおかしくないことはわかっていたので、さほどの混乱はない様だ。
一部に暗い影が射している場所があるのは仕方がないことかもしれない。
「まぁ、シンジがどうしてもつきあってくれって言うから、しかたなくね」
「嘘ね、どう見たってアスカの方がべた惚れだもん」
この言葉は真実。
そのプライドの高さゆえ、今までアスカはそれを認めなかった。
「う゛...」
「いいわよねぇ、碇くんみたいな男の子なんてそうそういないしぃ〜」
「へへーん、うらやましい?」
「あー! アスカったら開き直ったぁ!」
女子生徒とアスカの間で交わされた会話。
それぞれ相手は違えども、恋する乙女達の話題は尽きない。
さて、シンジの方はと言うと。
「いいよなぁ、碇は、学校の資源を独り占めした揚げ句に惣流を恋人にしちまうんだから」
「独り占めって...人をプレイボーイみたいに言わないでよ」
「いいや、お前の場合は意識してないだけたちが悪い」
やっかみ半分、からかい半分で言われた言葉に苦笑しているシンジと、ここぞとばかりにからかっている級友たち。
残りの2バカが助け船を出す。
「まぁ、これでオレたちにもおこぼれがまわってくるんだから、いいじゃないか」
「せやせや」
「トウジ、お前は関係ないだろ? 委員長がいるんだし?」
「う...」
いつもの調子で会話に加わったトウジにケンスケが一撃をかます。
色めき立つ面々、波紋が広がる様に、驚愕の顔が増えて行く。
そして、ある一人がついに沈黙を破った。
「なにぃ!? トウジ! まさかお前まで!!」
「いや、それはやな...」
「聞く耳もたん! 裏切り者ぉー!!」×多数
怒りの矛先がトウジへと変わった。
トウジはしどろもどろに弁解している。
そんなトウジを見て、ほくそ笑むケンスケと机に突っ伏して頭をかかえたシンジ。
「ふっふっふ...裏切り者には制裁を(きらーん)」
「早いとこ沈静化してくれー」
【すぱぁん、ずごっ】
シンジに近づいてきたアスカがいきなり頭をひっぱたく。
後頭部を叩かれ、その勢いで額を机にぶっつけたシンジ..哀れ。
周囲は慣れっこになっているので、別に干渉もしない。
また夫婦喧嘩が始まったか? という程度の反応。
「いってぇー! なにするんだよアスカぁ!」
「可愛い彼女が責められてるのに何もフォローしてくれなかった罰よ! このぐらいで済んでありがたいと思いなさい、バカシンジ!」
「可愛い彼女って..普通自分で言わないって...で?」
「うん...ファーストは? シンジ」
「今日はネルフに行ってるんじゃないのかな? まだ来てないみたいだし」
「そう...」
「心配しなくてもいいよ、綾波なら大丈夫だと思うから」
「うん」
とは言うものの、どこか不安なシンジだった。
《う...なんだ? 今の悪寒は? またろくでもないことが起こるんじゃ...?》
「それじゃ、はじめるわよ、レイ」
「..はい。 あの..赤木博士?」
「どうしたの? レイ。 それと、リツコと呼べって言ったはずよ?」
「あ、そうでしたね..リツコさん。 後で話があるんですが...いいですか?」
「もちろんよ、レイ」
ネルフのメディカルルーム。
今日はレイのメディカルチェックの日、ほとんど体調を心配する必要はなくなったとはいえ、まったく体調をチェックしないわけにはいかない。
それゆえ、レイは数ヶ月に1度はここを訪れる。
あの頃とは違い、リツコも角が取れ、丸くなった。
「それじゃ、お願いします」
そしてレイのメディカルチェックが始まった。
一斉に計器の表示部に灯がともる。
授業中にも関らず、メールの着信を知らせるポップアップウィンドウが端末の画面に現れる。
怪訝な顔をしていたシンジだが、とりあえずそのメールを開くために端末を操作する。
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From:Mayumi Yamagishi 私は新聞部に所属しております、山岸と申します。 山岸マユミ |
その内容を見た途端、シンジは使徒がポジトロンライフルを食らったような顔(なんじゃ、それは(^^;)になり、固まってしまった。
アスカはほぼ同内容のメールを読んだ後、斜め後ろの席からシンジの様子を見ていたが、彼が固まったのを見て取り、苦笑しながらメールを出す。
だが、シンジは特殊ベークライトで固められたかの様に動かない。
業を煮やしたアスカは消しゴムを大きめに切り、シンジの頭に向けて投げつけた。
【こんっ】
シンジの頭にぶつかった消しゴムは、そのまま後ろの席の生徒の机の上に落ちる。
その生徒が消しゴムが飛んできた方向を見ると、アスカが苦笑しながら固まったままのシンジをシャーペンで指し示していた。
その生徒は授業中にもいちゃつく気か? などと思いながらシンジをつつく、それでやっとシンジが気づいた。
「なに?」
「惣流がなんか用事があるみたいだぞ」
「わかった、ありがとう」
小声でそんなやり取りをすると、シンジはアスカの方を見た。
すると、アスカがあきれた顔で自分の端末を指し示し、その目が画面を確認しろと言っていることにシンジは気づいた。
自分の端末を見るとアスカから送られたメッセージが届いている、そのままシンジはメールを開く。
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From:Asuka Langley Sohryu で、どうすんの? 受けるの、拒否すんの? |
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From:Shinji Ikari To:Asuka Langley Sohryu Date: Tue, 25 Sep 2018 10:12:23 JST Subject: まかせるよ ------------------------------------------------------ アスカにまかせるよ。 返事出しといてくれる? ------------------------------------------------------ |
シンジからのメールを受け取ったアスカはにやりと笑う。
この機会を利用して、うっとうしいラブレター攻撃を一掃しようと考えていたからだ。
そしてもうひとつ。
《ふふふふっ、見てらっしゃい。 シンジに言い寄る全ての女に引導を渡してあげるわ。》
そしてアスカは返信を書きはじめる。
表情は嬉々としているが、その身にまとったオーラは独占欲に彩られていた。
《あ、いたいた》
昼休み、5人が弁当を食べ終わる頃、一人の女子生徒が近づいてきた。
眼鏡をかけ、清楚な感じの少女。
二人に取材のメールを送った本人−山岸マユミである。
マユミはシンジとアスカがいることを確認すると、声をかける。
「あの...すいません、碇さんと惣流さんですよね?」
「え? あ、うん..そうだけど君は?」
「あ、はい。 取材のメールを出した山岸です」
そう言ってマユミはおじぎをする。
その黒髪がさらっと流れた。
「あんたがあのメールの差出人ってわけね?」
「はい、そうです、惣流さん。 受けていただき、ありがとうございます」
「べつに礼を言われるほどのことじゃないわ」
「アスカぁ、もうちょっと言い方を考えないと」
「いえ、かまわないですよ、碇さん。 ぶしつけなお願いをしたのはこちらの方ですから」
「ほら、この子もそう言ってるんだからいいじゃない」
「しょうがないなぁ、ごめんね、山岸さん」
「いえ、気にしてませんから」
そう言って彼女は微笑む。
アスカの輝く様な笑顔とはまったく違う、とても涼やかな笑顔。
思わず、3バカがハッとする。そして、炎をその身にまとった不動明王が2体現れた。
「それより、取材ってなんなんだ? シンジ」
とりあえず明王に襲われる恐れがないケンスケがシンジに聞く。
聞かれたシンジはアスカに口に手を入れられ、横に引っ張られて涙目になっている。
「ひょりあえふひゃらしてひょ、ひゃすか」
「いい? 今度アタシの目の前で他の女に見とれたらコロスからね? バカシンジ!」
「ふぁい」
「よし、肝に銘じときなさい」
「あぁ、痛かった...ひどいよアスカぁ」
「はんっ! 自業自得でしょ! こんな可愛い彼女がいながら他の女に見とれるからよ!」
無視されたケンスケはのの字を書いていた。
だが、そんな状況を打ち破ったのもまたマユミだった。
さすがに新聞部の記者、それなりの修羅場はくぐってきているのだろう。
「それは私から説明しましょう。 いいですよね? お二人とも」
「「いい(わ)よ」」
ユニゾンで返す二人に微笑み返したマユミは説明をはじめる。
「では、あらためて、新聞部の山岸マユミと申します。 今回、校内ベストカップル賞の碇さんと惣流さんのお二人が正式に恋人どうしになられたということを聞きまして、そのことを記事にさせていただきたいと思いまして伺いました」
「なんだ、そういうことか。 シンジ、お前も大変だな、惣流なんか彼女にするから」
「あ〜い〜だ〜..惣流なんかとはなによ〜」
地の底から響いてくる様なアスカの声にケンスケは失言を後悔した..が、遅い。
すぐさまアスカはケンスケに掴み掛かるべく身構えた。
ケンスケはヘビににらまれたカエルよろしく身動きできない。
そんな状況を静かな言葉が打ち砕く。
「アスカ、いいかげんにしないと僕も怒るよ?」
めったに聞けない、シンジの低い声。
その声にアスカはしゅんとしてしまう。
「ごめん...シンジ」
「わかってくれればいいよ、ね?」
そしてシンジはアスカが一番好きなその笑顔で微笑む。
アスカの頬に微かに朱が挿した。
「あの...そろそろよろしいでしょうか?」
「あ、ごめん..どうぞ」
アスカをうまくコントロールしているシンジに感心しながらも、マユミは自分の使命は放棄していないらしい、さっそくいくつかの質問をはじめる。
そしてそれに答えていくシンジとアスカ。
やがて一通りの取材が終わる、そしてアスカが逆に質問をする。
「ところで、あんた、写真はどうするの?」
「あ、それは今から撮らせていただければ...」
「だったら不要よ、アタシたちには専属カメラマンがいるから、ちょっと相田?」
「ん? なんだよ、惣流」
「この子に今朝撮ったアタシたちの画像見せてあげてくれない?」
「あぁ、いいぜ、ちょっと待ってくれ」
そう言ってケンスケは愛用のデジタルカメラをビューモードに切り換える。
そしてマユミと一緒に見はじめた。
次々と小さなディスプレイに映し出されて行く画像を見ながら、マユミの表情が徐々に驚嘆の顔へと変わって行く。
時折、ケンスケの顔をうかがいながら、どうしたらこんな撮影ができるのかなどと考えている。
「へぇ、相田さんって写真お上手なんですね?」
「ま、趣味だからね」
「私はどうもこういうのは苦手で...」
ケンスケとマユミが意外といい雰囲気なのを見抜いたアスカとヒカリは目線を合わせると、大きくうなずき、にたりと笑う。
二人揃って浮かべるチェシャ猫の笑み、シンジとトウジは背筋を汗がたりたりたり..と伝っていくのを感じた。
「なら、あんた、写真撮影を相田に教えてもらえばいいじゃない?」
「え? あ、そうですね。 お願いできますか? 相田さん」
相変わらず不敵な笑みをたたえたままのアスカの言葉を、マユミは素直に受け取った。
「相田、あんたもこんな機会めったにないんだし、ちゃんと教えてやりなさいよね」
「どうでしょう? 相田さん?」
さらにダメを押す、アスカとマユミ。
当のケンスケはいきなりの話の展開についていけず固着している。
シンジは苦笑し、トウジとヒカリは顔を見合わせて微笑みあっている。
「ケンスケ、いいじゃないか、自分の趣味が人の役に立てるんだし」
「そや、ケンスケ、教えてやりいな」
「そうよ、相田くん」
「ほら、相田」
次々とオルグを囲み、ケンスケの逃げ場をなくしていく4人。
ついにケンスケは陥落した。
「わかったよ、オレでいいなら教えてあげるよ、山岸さん」
「ありがとうございます、相田さん」
なんだかんだ言いながらも、まんざらでもないケンスケ。
そしてマユミもどこかうれしそうだ。
《ケンスケにも春がきたのかな?》
シンジは率直にそう思った。
「で、あんた、どの写真使うの?」
「そうですねぇ..これなんかどうでしょう? 惣流さん」
そう言ってマユミが示したのは今朝、シンジと腕を組み、頭を肩にもたれている時の画像。
アスカは思わず見入ってしまう。
シンジの笑顔もさることながら、幸せそうな自分の微笑んだ顔。
《アタシもこんな顔できるんだ...》
「どうですか? 惣流さん?」
「え? いいわね、あんた、なかなかいい目してるわ」
マユミの問いかけに桜色に染まった顔で応えるアスカ。
さすがにマユミは意味ありげな顔などしない。
もっとも、性格によるところが大きいのかもしれないが。
「確かにこれは今日のベストショットだな、じゃ、後で転送しとくよ」
「はい、お願いします、相田さん」
そして昼休みの取材は終わった。
後日、アスカが無理やり掲載させた言葉と、件の写真の効果により、シンジに寄りつく女子生徒は激減したと言う。
逆にアスカに対するラブレターはあまり減らなかったらしい。
それは当然、あの笑顔の破壊力が過大すぎたことに起因する。
「たらいまー !」
ミサトが帰宅した。
シンジはキッチンから言葉を返す。
「おかえりなさい、ミサトさん。 今、おつまみ作りますから、ちょっと待って下さいね」
「ん、着替えてくるわ。 あれ? シンちゃん、アスカは?」
「洞木さんといっしょに買い物に行ってますよ、もうじき帰ってくるんじゃないかな?」
「ふーん、愛しい彼女がいないと淋しいでしょ?」
そう言ってミサトはにたりと笑う。
今朝、あれだけ当てられたのにも関らずこたえていないらしい。
確かに、ストレスは加持にぶつけることによって発散してきた様だが。
ちなみに、夜にたまったストレスは飲んで寝ることにより解消できるのがミサトの特技のひとつである。
「ミサトさん...また当てられたいですか?」
「ふふっ、シンちゃんも言う様になったわね?」
「そりゃあ、ミサトさんに鍛えられましたから」
いつのまにか男っぽくなってきたシンジの笑顔。
不覚にもミサトはどきっとしてしまった。
《こりゃ、二十歳になる頃はどうしようもないほどいい男になるわね。 もっとも、売約済みだけど。》
そんなミサトの気持ちには気づかず、シンジは冷蔵庫から何やら取り出すと、網の上に乗せて焼きはじめた。
やがて、味噌が焼ける香ばしい香りがしてくる。
「いい匂いねぇ、何焼いてんの? シンちゃん」
自室から戻ってきたミサトがシンジに問いかける。
ミサトの胃が、その香ばしい香りがする物体を自分のもとに運んでくれと切々と訴えている。
「一昨日釣れすぎたニジマスをちょっと味噌漬けにしておいたんですよ」
「へぇ〜あの時は洋風だったけど、今度は和風ってわけ?」
「まぁ、そんなとこです、塩焼きにするには鮮度が問題になるんで」
「ま、いいから早くしてねん」
「わかってますよ、ミサトさん」
それからほどなくして、ニジマスが焼けた。
じゅわじゅわと表面で脂が音を立てているニジマスをテーブルへと持ってきたシンジは、仕上げにぱらっと山椒を振りかける。
「さ、どうぞ、ミサトさん」
「いっただっきまーす」
そしてミサトはニジマスに箸を伸ばす。
その傍らではシンジがエビチュのプルタブを『プシッ』と景気のいい音を立てて開け、ミサトの目の前に置く。
ニジマスの味噌焼きがつまみに最適と悟ったミサトは、一気にエビチュの半分ほどを飲み干す。
「っかぁ〜! これいいわ! シンちゃん! さいっこぉ〜」
「ご飯もかなり進みますよ、ミサトさん」
その時、アスカが帰ってきた。
室内に漂っている香ばしい香りに気づき、鼻をひくひくさせている。
「ただいまぁー、いい香りねぇ」
「「おかえり、アスカ」」
ユニゾンでアスカを迎える二人と、自分のお株を奪われてジト目になっているアスカ。
そんなアスカをなだめるのも、またシンジの役目。
「さぁ、ご飯にするから、着替えてきてよ、アスカ」
「うん、そうするわ」
そしてアスカもこの新作料理に感嘆することになる。
夕食を終え、シンジは自室で音楽を聴いている、最近はS−DATを着けたままでいるより、こうやってデッキで聴いていることの方が多い。
もう、孤独の中に入る必要はないのだし、この方が二人の家族の呼び声もすぐに聞き取れる。
しばらくするとアスカがシンジの部屋に入ってきた。
「ねぇ、シンジ、ちょっといい? 話があるんだけど」
「ん? 別にかまわないけど、なに?」
シンジはリモコンを操作してボリュームを下げる。
そして起き上がろうとする。
「あ、そのままでいいわよ、別に堅苦しい話じゃないから」
「そう? じゃあそうさせてもらう」
シンジは再びベッドの上に横になった。
そしてアスカは後ろ手にふすまを閉じると、ベッドの端に腰かけて、シンジの顔を除き込む。
ぱらり..と流れた、まだ半乾きの髪が、シンジの顔にかかる。
「あ、ごめん」
「いいよ、別に...いい匂いだし...で?」
アスカはシンジの言葉に微笑むと、髪をかき上げてから言葉を続ける。
その顔は仄かに赤く染まっている、湯上がりのせいだけではないのだが、シンジも自分の言葉がそうさせたとは気づかない。
「あのね、これを受け取って欲しいの。 そして身につけていてもらいたいの」
そう言って、アスカがシンジに見せたのはプラチナで作られ、銀の鎖を付けられたペンダント。
ハデでもなく、かといって安っぽいわけでもなく、とても趣味のいいデザイン。
その中央にはアスカの瞳と同じ色の宝石−ブルーサファイアがはめ込まれている。
「...アスカ..?」
「受け取ってくれるよね? シンジ」
シンジの目をまっすぐに見つめ、訴えかけるアスカ。
自分が送ったもの、いつでもそれを見れば自分の瞳を連想することができるペンダントを身につけていて欲しい。
アスカのそんな一途な心。
シンジが拒否できるわけもない。
「ありがとう、アスカ」
そう言ってシンジはアスカの腕をそっと引き寄せる。
アスカは力を抜き、シンジに引かれるままにその体の上に自らの体を重ねる。
シンジはしばらく自分の胸の上にあるアスカの頭を軽く抱きかかえていたが、アスカが自分の顔を見上げた時に、感謝と愛しさを込めてキスをした。
アスカは、はにかんだ笑顔を浮かべると、安心した様にまたシンジの胸に顔をうずめる。
くしくも二人が考えていたことは同じこと。
《..愛してる...》
「ええええええええっっっっっっ!!!」
いきなりの事態に、教室に生徒の絶叫が響き渡る。
その原因は綾波レイ。
そしてそのことを告げたのも当の本人。
正確には朝の挨拶がいつもと違ったのがその発端。
「ちょっと、シンジ! どういうことよ? 聞いてないわよ、そんな話し!」
「アスカぁ、僕だって聞いてないんだから答えようがないよ。 確かに綾波は妹と言えないことはないけど...」
「それもそうね、あんたのお母さんの遺伝子から生まれたんだし。 まぁ、最大のライバルがいなくなるのは安心できるけど」
小声でこそこそと話している二人。
そんな二人にかまわず、レイは言葉を続ける。
だが、その際にシンジとアスカを見つめ、安心する様にと目で言う。
シンジとアスカもそれぐらいのことは理解できる。
顔を見合わせた後、とりあえずレイの言うことに合わせようとこれもまた目で会話する。
「..私と碇くんがいとこどうしだと言うのはみんな知ってると思うけど...」
実際には違うのだが、抹消された過去を再構成する際に、リツコの発案でそうしている。
なにしろ、シンジとレイはその雰囲気が良く似ているのだから、そのこと自体はなんの違和感もなく受け入れられた。
「..だけど、私は身寄りがなかったから、今まで一人でいたの。 でも、正式に碇家の養子になったから、今日からは碇レイというわけ」
「なんだかよくわかんないけど、いいんじゃない? 碇くんと綾波さん..じゃないのか..なら本当の兄妹と言っても通用するし」
わずかながら、影の事情を知るヒカリがフォローする。
その心づかいに感謝したレイが軽く微笑む。
レイがシンジ以外の人物に微笑んだことに驚愕するクラスメート、そして惚れなおす綾波レイ信奉者の面々。
そしてレイは言葉を続ける。
「..ありがとう、洞木さん」
「でも、照れ臭いよね、名前で呼ぶのって」
「それは私も同じよ、お兄ちゃん..」
その言葉を発したレイは頬を染める。
そしてシンジも照れ臭そうに頬をぽりぽりと掻いている。
アスカはただ苦笑しているだけ、だが、心の中ではある決意をしていた。
《ごめんね..シンジをあきらめるためにそうしたのね....これからはアタシもレイって呼ばせてもらうわ。》
ここはネルフ内のリツコにあてがわれた部屋。
ミサトはいつもの様にコーヒーをたかりにきている。
会話は昨日、レイが相談があると言っていた件。
そう、レイが碇家の養子になったことについてだ。
「本当によかったのかしらねぇ? リツコ」
「レイがそうしてくれって言ってるんだから、私達にはどうしようもないじゃない、ミサト」
「とは言ってもねぇ」
「それに、あの時、レイはこう言ったのよ...」
一昨日の夜、シンジとアスカが想いを伝えあった時のレイとの会話をリツコはミサトへ話しはじめた。
***
シンジくんが弾くチェロの音が静かに流れている。
ミサトは加持くんとデッキの上で、そして私とレイは庭先でその演奏を聴いていた。
「いいの? レイ?」
この音色を聴けば、シンジくんの想い..というか本音はわかる。
だから私はレイにこう聞いた。
それに対するレイの答えは、私自身ある程度予測していたものだった。
「...はい。 碇くんにとって、私は妹みたいなものですから」
「..わかったわ...あなたがそう言うのなら...」
これが母性..と言うものだろうか、その言葉を聞くと、レイがとても愛おしくなり胸に抱きしめた。
やがてレイの静かな嗚咽が聞こえてきた。
***
「あの時、レイは決心したのよ、そしてまた別の形でシンジくんのそばにいることを選んだの」
「ふーん、そうなの...シンちゃんも苦労するわ」
「ふふっ、そうかもね」
そして二人は顔を見合わせて笑った。
・・
・
「娘...か、碇」
「ああ...」
薄暗い司令室の中、いつもの様に怪しい二人。
《うれしいくせに...無理をしおって。》
そんな冬月の感慨。
よく見ると、ゲンドウの肩が微かに震えている。
色眼鏡の奥では、目尻が下がっていたが、とりあえずそのことに気づける者はいなかった。
それはそうだろう、ゲンドウの真っ正面に立ち、あまつさえ色眼鏡の奥を覗き込める者など、ユイさんを除けばいるわけがない。
そして、レイは数日後に葛城家の隣の部屋に引っ越してくることになる。
後悔という名の後書き、もしくは後あがき。(爆)
いかがでしたでしょうか?
意外とこの話が好評で、続編の希望が多かったので、書いてみました。
今回はサブタイトルからわかる様に、それぞれの愛(もしくは恋)はここにある、と言う様な展開にしたつもりです。
もう一本の方とネタ&性格がかぶらない様にするのが大変ですね。(^^;
どうしてもシンちゃんは同じ様なちょっと大人の性格になってしまいます。(自爆)
でも、意外とこのシリーズは書いてて気が楽です、なんでだろ?
でわでわ。
〜 サブタイトルはKATZEの同名の曲 ”Love Is Here”より 〜
1998.10.03 おかやん