- Shinji's SIDE -
ん?なんだろう?アスカが呼んでいる。
洗い物の途中なんだから、後にしてもらおうかな。
「なに? もうちょっとで終わるから待ってて、アスカ」
「はやくはやく、終わっちゃうじゃない!」
しょうがないなぁ。いったいなんだっていうんだよ。
まったくわがままなんだから。
「で、なに?」
「これよ、『精霊流し』ってなんなのよ?」
アスカぁ、それは人に物を尋ねる態度じゃないでしょ。
僕は心の中でため息をつく、こんなことを口にしようものなら後で地獄のフルコースが待っている。
画面にはまるでお祭りの様に爆竹を鳴らしながら、山車のような船を引いている映像が映っていた。
僕はこれがなんなのか知っている。
「あぁ、これね」
「で?」
ニュースを見て納得した様子の僕に向かってアスカが再度問いかけてくる。
さて、どうやって説明しようか。
「お盆・・・って言ってもわからないか」
「なによ?それ?」
「まぁ、簡単に言うと13日から15日の間、先祖の霊が霊界から家に帰ってくるって言われてるわけ。それで、16日の朝か、15日の夜に先祖の霊を船に乗せて供物と一緒にまた霊界に帰してあげる。そんな儀式かな」
「ふーん」
なんだかアスカは納得しきれてないみたいだ。
「そのわりには派手ねぇ」
「あぁ、今の映像は長崎の精霊流しだからね」
「なんか違いがあるっていうの?」
「長崎の精霊流しは中国の影響が入ってるのか、爆竹とか、けっこう派手なんだ。」
「へぇ」
「場所によっては灯籠といって、小さな船の中にロウソクを灯したものを流したりもするみたいだけど。そっちは灯籠流しって言うのかな」
「霊が帰ってくる・・・か・・・ママ・・・」
アスカが小さくつぶやいてうつむく。
その気持ちは痛いほどわかる、なぜなら僕とアスカには・・・
「アスカ、ちょっと出ない?」
「え?」
「いいから!」
「え、ちょ、ちょっとシンジ!?」
アスカの手を取って僕は立ち上がる。
強引な僕に意表をつかれたのか、アスカは逆らうことなくついてくる。
そのまま外へ出て行く、ある思い付きを実行するために。
「なによぉ、シンジ」
「うん、ちょっとね」
アスカが僕に問いただそうとする。だけど僕ははぐらかす。
急がないと、アスカはあまり我慢強い方じゃない。
「ここらでいいかな」
「ここら・・・って川じゃない」
「そう、川」
「って、あんたねぇ!」
僕の意図が読めないからだろう、アスカが食ってかかってくる。
だけど、僕は意にも介さず手近の笹の葉を数枚ちぎってあるものを作りはじめる。
まだ、作り方は覚えているはずだ。
「ちょっと待ってね、アスカ」
「・・・・・・」
僕の雰囲気に飲まれたのか、アスカは黙りこんでしまった。
もうちょっとだから、待ってて、アスカ。
「はい、アスカ」
「なによ、これ?」
僕はアスカへさっきから作っていたもの、一隻の笹船を渡す。
アスカは怪訝な顔をしている、無理もないだろう。
「あ、そうか、ドイツ生まれのアスカは知らなかったよね。笹船っていって、笹の葉で作った船」
「それとこれがどーいう関係があるのよ!」
アスカがちょっとむくれた。
こんな顔のアスカも可愛いいんだけど、今はそんなことは言ってられない。
僕は今まで内緒にしていたことを教える。
「だから、精霊流し」
「え!?」
アスカの目が軽く見開かれた。
その蒼い瞳を見つめながら、僕は静かに言葉を続ける。
「ぼくもアスカもお母さんがいない、でも霊は帰って来てくれてるかもしれないじゃない?ぼくたちの所へ」
「・・・・・・」
「だったら、きちんと送ってあげないとさ」
そう言って、僕は川面に笹船を浮かべる。
これはアスカのためだけではなく、僕にとっても大切なことなのだから。
「また、来年。母さん・・・」
アスカは黙って僕を見つめていたけど、やがて意を決したように川面に笹船を浮かべた。
「また、来年・・・ね・・・ママ・・・」
僕たちはさらさらと流れる水音を聞きながら、流れていく笹船を見送った。
しばらく経ち、アスカが口を開く。
「ありがとね、シンジ」
「ん?」
「これはお礼よ」
言うなりアスカが身をひるがえした、茜色の髪が舞う。
その直後、僕の唇に柔らかいものが触れる。
「「・・・・・・」」
僕は突然のことに声が出ない。
アスカが頬を染め、走り出す。
「さっ、帰るわよ!」
「待ってよ! アスカ!」
僕もあわててアスカを追いかける。
母さん、これからも僕たちを見守ってくれるよね・・・
1998.8.15 おかやん